その夜、浜辺にて。
気が付けば僕とテントの周りは数人の男たちに囲まれていた。どうなる?
アジアではさほどキャンプをしなかったが、ハノイに着くまでもう一度くらいしておこうと思っていた。浜辺で波音を聞きながらというのはどうだろう。ヨーロッパに行けば内陸を旅することが中心になると思うので、海に近い国道を走っている今がチャンスだ。
その日、夕暮れが近づくころ僕は国道を離れて東の海へと向かった。しかしその道は市場や集落のど真ん中を走る道だったようで、こんなところにアホみたいに荷物を積んだ外国人は普段来るはずもなく、海にたどり着くまでにかなりの注目を浴びてしまった。 丘を越えると海に出ると、小舟がたくさん浜辺に並び、遠くには漁火が薄明りのブルーの中に点々と灯っていた。仕事を終えた人たちが何人かいらして、その中の一人のオジサンと目が合った。
「ここでテント張ってもいい?」そうジェスチャーすると、オジサンは笑ってうなずき、「だまっておくよ」というような素振りを見せた。
前回のキャンプの自炊は散々なものだった。今回はこの前出会った日本人にもらったハヤシライスのレトルトがある。茹でたパスタに絡ませると、懐かしい日本の味に一人テントの中で一口ごとに唸りながら、さすが安定のジャパニーズクオリティ、と満足の食事を終えたのであった。
ドリップで点てたコーヒーまで飲んで、後は歯を磨いて寝るだけというところまで来た。前回に比べるととてもスムーズな段取りである。しかし今回も普通には終わらなかった。僕のテントの背後にバイクが停まり、その直後、薄いテントの壁越しにベトナム語で僕を呼びかける声がした、2人いるようである。もちろんドキッとしたが、どうなるかは分からないけど僕はテントのジッパーを開けてみた。まずは一人のベトナム人男性の顔が暗闇に浮かんだ。現地語で何かしゃべっているがよく分からない。もう一人を見るとさっきテントを張る時にいたオジサンであった。片手にビールの入ったビニール袋が入っており、一緒に飲みたいとのこと。
砂浜に3人座ってビールを飲み交わす。2人とも英語はサッパリで、チグハグな会話が続いたが、ベトナム人は外人に物怖じすることなく容赦なくベトナム語でしゃべりかけてくるので、通じてまいがあまり気にしてないという風である。 またすごい展開になってしまったな。この人たちはたぶん大丈夫な人たちだとは思うものの、僕のヘッドライトに照らされた暗闇に浮かぶオジサンの顔を見ると時々少しぞっとする感覚を覚える。
そのうちオジサンは携帯を出し、電話をし始めた。それが終わると、どうやらオジサンの仲間がここに来るようである。おいおい、こっちはもう寝たいのに勘弁してほしいなあ。しばらくするとバイクがやってきて、3人がこちらにやって来た。気が付けば5人の現地人に僕は囲まれている。新しく来た3人に軽く挨拶をすると、その中の一人が突然パスポートのIDを教えろと言いだした。今会った人になぜ個人情報を教えなければいけない?さらに「ベトナムのビザは取っているのか、見せろ。」と続ける。僕がいぶかしげな顔をすると、もう一人が英語で「彼はポリスだ。」と言う。半信半疑でパスポートを差し出すと、ビザ欄などを確認して携帯で写真を撮っている。私服なのに警察と言われても・・・。やがてパスポートは返され、こう言われた。 「ここで寝ていると、酒を飲んだ連中が来て、お前を襲い、荷物を持っていかれるぞ。だからテントを片付けて宿へ行くんだ。」 ええ!?今更出ていけと!?これはとんでもなく面倒臭いことを言いだしたぞ。しかし本物の警察なのであれば、抗うわけにもいかないのか。しぶしぶテントを片付けることになり、周りのオジサン達も手伝ってくれた。片付け終わるころ、バイクに乗った地元の若者が3人ほどやって来たのが見えた。 「ほら見ろ。ああいう連中がやってくるんだ。」 「むむむ、確かに・・・。片付けたけど宿の場所を教えてくれよ。」 そう言うと、英語のしゃべれる一人がこう言った。 「俺の家に泊めてやるから心配するな。」 え?本当に?僕を含めたみんなは浜辺を発ち、すぐ近くの集落の家にたどり着いた。大きくはないが、立派な造りの家だ。その男性は結婚もされていて、5歳に満たない息子さんもいらっしゃるよう。ここまでずっと半信半疑であったが、やっと「ああ、大丈夫なんだろう。」と思うことができ、同時に申し訳ない気持ちが出てきて「迷惑をかけて申し訳ない、ありがとう。」と言うと、男性は「そんなことは気にするな。」と言ってくれた。
その方のお名前、ディンさんという。歳は僕より少し上と言ったところか。色々話を聞いていると、最初にテントにやって来た2人のオジサンがディンさんのお兄さん達になるそうである。兄弟はなんと10人もいるそう。僕の聞き間違えでなければベトナムでは普通?とのことである。家族親戚が賑やかに集い、しばらく焼酎をいただきながらみんなと会話を楽しんだ。やがて寝る時になり、ディンさんは「上の階に部屋があるからそこで寝ろ。」と促してくれたが、僕は恐縮して1階の床で十分だと言い、ゴザと毛布を用意していただき、僕は手を合わせて眠りについたのであった。翌朝ディンさん宅を出発したが、ディンさんはその後も何度か電話をくれ「今日はどこまで行ったんだ?」「宿には泊まっているのか?」と僕を気遣ってくれている。
ベトナムに2カ月近くいて、ハノイまではもう淡々と走るだけだと思っていたのだが、ベトナムさんはまだ僕に隠し玉を用意してくるようなのである。いやあ、有難いですなあ・・・。