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霧の中の桃源郷

ハノイまであと100kmの地点まで来た。その場所タムコックという、数km北東にニンビンというそこそこ大きな街から離れた田舎町である。景勝地と聞いていて、観光とラストランに備えた充電もかねて2泊することにした。ただしタムコックについては、どのような楽しみ方をするのか知らず、フォンニャのような岩山があるということだけ把握していた。

最近、北部に入ってから曇りや雨の日が続いている。タムコックに着いた翌朝もどんよりと今にも雨が降ってきそうな天気だった。僕はまず辺りを自転車で散歩してみることに。住宅街を抜けてしばらく行くと田んぼが見え始めた。やがて街路樹の間から景色が遠くまで抜け始めたと思うと、次の瞬間にはド肝を抜かれることとなる。巨大な岩山がそこかしこにドスンドスンと居座っているのだ。以前フォンニャで見たのと同じような景色であるが、以前はバイクに乗せてもらって足早に通り過ぎただけだったが、自分の足で、ゆっくりと流れていくその景色を見ながらはじめてリアリティーを持ってその場所と対話することが出来る気がした。

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圧倒的スケールで迫る山々を見ていると、自然への畏敬の念、恐れを抱くとともに、同時に大きな優しさのようなものも感じる。自転車を少しこぎ進める度に次々と素晴らしい景色が現れるものだから、なかなか前には進まなかった。ここの観光のハイライトは、船着き場で手漕ぎの小舟に乗り込み、川をクルーズするというもの。誰かとシェアすると少し安くなるが一人で乗ると1500円ほどかかるようだ。普段お金のかかる観光はあまりなしないけど、自転車で散策しただけでこれだけの素晴らしい景色に会えるのだからきっと船に乗る価値はあるかもしれない。ではその船着き場に戻ってみるか、そう思い始めた直後だった。地元のオバチャンが僕に声をかけてきたのだ。 「ボートに乗らないか?」 おお、なんといいタイミングであろう。メインの船着き場とは離れていたので、おそらくこのオバチャンが個人的に小遣いかせぎでやっている商売だと思われる、さっきも一人から声をかけられたが、時間が早かったので一度断っていた。いくらか聞くと1000円くらいと、メインの場所より安かったし、そう怪しい人でもなさそうなのでのってみることにした。オバチャンに着いていくと、グングンと獣道のような草の生い茂った場所をかき分けていく。本当に船に乗るのだろうか?まさかプチ・トレッキングツアーで1000円というわけじゃあるまいな。20分ほど歩いただろうか、川には小舟が一隻停められていた、一応船には乗れるようである。船の前に座らせてもらい、そのオバチャンが梶を取る。メインの船着き場から乗るコースとは全く別の場所のようで、旅行者が乗る船にはほとんど会わず、時々漁をする地元の人の船に出会うくらいであった。普段のバイクと車の騒音がけたたましい世界から一変、そこにはオールを切るチャプン、チャプンという音と、鳥の鳴き声だけが静かにこだましていた。穏やかな川面には霧雨に霞む岩山の連なりが鏡のように映り、その光景に僕は息を飲み、やがて写真を撮ることもやめて、ただずっと夢かうつつか分からぬこの美しい景色を心静かに受け入れた。

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本当に色々見せてくれるなあ、ベトナムさん。


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