朝目が覚めたら僕はローマにいるようだった。
さーて、楽しい楽しい飛行機移動がやって来た。なんてったって、トランジット(乗り換え)を含めてイタリアまで24時間。さらに向こうへの到着は夜で、空港で夜を明かし、そこから自転車組み立てて30km先のローマまで走らなければならない。ベッドでまともな睡眠がとれるのはいつだっていうのだ??とにかくこの鬼スケジュールをこなさない限り僕のヨーロッパ旅は始まらない。
空港などの手続はもはや手慣れたもんである。トランジットの韓国まではあっという間であった。そしていざイタリアの空港へ12時間の空の旅。僕は次の移動のために飛行機の中でグッスリと睡眠を・・・とれるわけがなかった。あの狭い空間に半日というのは人生初体験だったが、最後の3時間くらいは本当に座ってるのさえもきつかった。次からは暇つぶしのグッズをたくさん持ちこまないとやってられないな。
僕はローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に降り立った。まだ空港の外には出ていない。ここが、ここが子供のころから憧れたおしたヨーロッパなのか?寝不足のフラフラを新天地にいる緊張感がなんとか僕の体を動かしている。すると空港の中にカフェを見つけた。数人の男たちが立ち飲みでコーヒーを飲んでいる。 「やれ、まずは挨拶代りに一杯いっておくか。」 イタリアのカフェ(バール)で頼むコーヒーといえばまずは、エスプレッソであろう。日本ではエスプレッソだけで飲むことはあまりなく、カプチーノなどのエスプレッソのアレンジドリンクとして飲むことが多かったが、イタリアに来たのだからまずはエスプレッソをいただいておかなくてはと思った。男たちに混ざりカウンターで注文する。手際よく作り、サーブされたデミタスカップには美しい虎毛色のクレマがたっぷり浮かんでいた。カップに落とした砂糖は、クレマが一度受け止め、やがてクレマを突き破り、ゆっくりとダークブラウンの中に沈んでいった。スプーンで底からかき混ぜ、カップをまずは鼻元へともっていく。豊潤な香りが鼻孔をくすぶった。それをいざクイッと含ませるとコーヒーのコクと砂糖の甘味が口の中でまわりだした。美味い、エスプレッソってこんな美味いものだったのか・・・。
現地時間、夜の8時。今からローマを目指すのは難しいので空港で夜を明かすことにする。床の片隅にマットを敷いてここで数時間過ごすとしよう。他にも同じことをしている人がおられるので職員になにか言われることはなかった。荷物もあるしぐっすりといくわけにはいかない、マットに寝転んでうたた寝しとくか・・・っと次に気が付くと携帯の朝7時の目覚ましが鳴っていた。あまりの疲れで爆睡していたようだった。隣で寝ているUS在住の「床寝仲間」のエリーさんに、 「朝やし自転車組み立てるわ。」というと 「まだ外暗いよ?」 と言われたけど、いいのいいのと荷物の載ったカートを押して空港の外に出ると確かにまだ外は暗かった。イタリアの朝7時ってこんなに暗いのか?・・・とは疲れのせいかあまり疑問に感じなかった。僕は自転車を組みたてだした。しばらくしても明るくならない空に、アホな僕もようやく理解をした。携帯の目覚ましがなったのはフィリピンの現地時間のままだったからだ。朝までグッスリ寝たと思っていたのは勘違いで、きっと3、4時間寝ていただけで、イタリアはまだ深夜の真っただ中だったのである。これって時差ボケというのだろうか?いや、ただの僕のオトボケだろう。。
何はともあれ出発準備は整った。「本当の朝7時」は朝日がまぶしく空港も人で活気に満ちてきた。エリーさんとお互いの旅の健闘を讃え合い、僕はローマの街へ向けて走り出した。久々のフル装備の自転車の重さに辟易としつつも、走りながらいくつか気付くことが。朝の空気は爽やかで凛としている。やがてまばゆい新緑をまとった高木が連なる並木道にさしかかった、この道はまるで日本の道のようじゃないか。おまけに沿道には野の花が優しく揺れていて、僕は思わず懐かしさとともに心が躍るようだった。アジアはギラギラした太陽と青空の下、ヤシの木やバナナの木が元気そうに生えていて、カラフルな色彩には楽しませてっもらった。しかし生まれも育ちも日本の僕にはやはり四季のある優しい自然の色使いが好みなのであろう。
自転車なので、当然ながら車専用とおぼしき道は避けていたはずがいつの間にか入っていたようで、たまたま検問していた警察に停められた。女性の警察官だった。 「あなた、ここ車専用道で危ないのよ、知ってる?今日がイタリア1日目?ヨーロッパを自転車旅ね・・・それはビューティフルね。あっちの道は自転車も走れるから気を付けていきなさい。」 女性の警察官という珍しさもあったけど、その佇まいと言葉遣いがなんとも美しく、僕は注意されながらもウットリと聞き惚れていた。異国にいるんだなあと感じる。
郊外の建物の少なかった道はどうやら町に入ったようである。その瞬間オールドテイストなアパートメントが道の両脇をズラッと埋め尽くした。その壮観な街並みがこの国の「普通」であることに僕の心はついにやられてしまった。ハートにズキュンである。僕は今ヨーロッパの地に立っているのだと本当の意味で感じることができた瞬間だった。
どうやらそこがローマの街の玄関口だったようで、こぎすすめるごとに次々と美しい街並み、歴史的建造物が現れだし、僕はその度に感銘と衝撃をくらっていた。街並みの美しさが、新緑の木々からこぼれる光が、人々の佇まいが、どこを見ても、何を見ても美しいのだ。まるで町全体が美術館であるかのようなのだ。「ローマは1日にして成らず。」この街が、この国が重ねてきた歴史、文化のまだほんの一端にしか触れていないが、人生初のヨーロッパ体験はあまりに衝撃の連続で、コロッセオの前までたどり着いた時には思わず口から、 「Unbelievable.」
という言葉が出てきたのである。
かくして僕は無事にローマの宿にたどり着くことができた。午後4時、荷ほどきを終え、ベッドに寝そべって一息つくと、気が付けば深い眠りに落ちていた。翌朝目が覚め、寝ぼけ眼のまま宿の外に出るとローマの整然とした美しい街並みが僕の目の前に広がっているのを見て、 「あ、今にローマいるんや。」 とまだ信じられない気持ちで理解した。ヨーロッパの旅はここから始まるのである。