いつも心にメルヘンを
ローマのような見どころの多い場所なら1週間くらいじっくり滞在したいところだけど、アジアの安宿と違って、泊まっていた相部屋の宿でさえ20€(当時の為替で2600円)もする。しかもEU諸国は基本的にビザなしで滞在できるのですが、許されるのは3カ月だけなので(シェンゲン協定に加盟している国に関係します)1カ所でのんびりしている場合ではないのだ。
というわけでやっとこさヨーロッパの自転車旅がはじまるわけである。しかしローマを抜け出すのは一苦労だった。都会にはよくあることだが、一方通行の多いこと多いこと。1日目は迷路のようなローマの脱出にかなりの時間を費やし、北方角へ20km進んだだけでキャンプ場へ。レセプションで1泊18ユーロというぶったまげそうなお値段を聞いて、一度考えさせてもらったが疲れていたのでやむなく泊まることにした。キャンプ場にはホットシャワーはもちろん、プール・マーケット・リストランテとちょっとしたテーマパーク並みのリッチなキャンプ場。後から分かるけどこのタイプのキャンプ場はイタリアでは珍しくない模様。このキャンプ場はテントサイトから自炊場がかなり遠かった、プールやテニスコートの前にまずは水場の設備を充実させないと本末転倒な気がするけどねえ。
2日目、やっと郊外に抜けたと思えば、今度はどの道を自転車が走っていいのか分からない。さすがに高速道路がどれかはすぐに分かるけど、それ以外の道を走ってるつもりが、車専用道のような趣で車が凄いスピードで横を走り、はてまてジャンクションまで現れる。この道は結局走っていい道か今も判断つかないが、その道を避け、遠回りでも田舎道を走 ることとなった。
ローマでは午前中はダラダラと朝ご飯食べて、昼から夜までみっちり観光というのを2日続けた。もう1泊して態勢を整えてから出発したかったけど、イタリアの休日とかぶって宿は人でいっぱいになり、追い出される格好で自転車旅がはじまったものだから下準備がかなり不足していた。地図は買っておらず携帯のアプリだけ、キャンプ場の情報もそのアプリにわずかにある情報のみ。
道は気が付けばどんどんと田舎の方へと向かい、車さえもほとんど通らなくなった。坂道の脇に草原の緑がソヨソヨと風に揺らいでいる。昨日この旅を始めたばかりでイタリアにどれだけキャンプ場が充実しているかの事情は全く知らない。もしキャンプ場が見つからなければこんな草原で夜を明かすこともあろうか。ヨーロッパにはジプシーという山賊のような集団も少なからずいるそうなので、出来れば野宿よりはキャンプ場を選びたいと思う。しかしその情報があまりにも乏しい、おまけに頼みの綱の携帯までも電池が切れかけようとしていた。坂道が多くなってきた。久々の自転車旅で足が出来ていない僕は歩いて自転車を押した。フィリピンのような灼熱の暑さではないが、真昼間の強い日差しを受けて額からダラダラと汗が流れる。飲み水も残り少ない。
アジア編を終えて一安心。ヨーロッパは先進国だし楽勝だ。来る前はそんな風に思っていたが、いつもながらの準備不足もさることながらのこの状況。人も家もほとんどない。僕はいよいよどうしようもなく不安になってきた。辺りは丘陵地帯で、まるで北海道の美瑛のような美しい景色が広がっていた。まだローマを出て少ししか走っていないのに、この景色。こういう景色を見たくてヨーロッパに来たのではないか?しかしそれを見て喜ぶ余裕はこの時全く無かった。僕は道の脇に立ち止まりしばらく考えた。そして思った。 「・・・まあ嫌になったら旅やめて日本に帰ったらエエだけの話か。」 と考えると心がフワっと軽くなった。まだもう少し続けてみることにしよう。僕は再び自転車を押した。
やがて小さな町にたどり着いた。携帯の充電のためにバールを見つけ、カプチーノとクロワッサンを頼んだ。カプチーノを口に含み、胃に到達した瞬間、張りつめていた緊張が一気にゆるくなった。同時に疲れがドバーっと出てきて僕はソファーで30分ほど眠りこけた。なんだかこの1杯に救われた思いがした。調べてみるとどうやらこの町から3km離れた場所にキャンプ場があるようなのだ。重い体を起こし、再び自転車に跨る。しばらく何もない道が続き、半信半疑でその方角へと向かっていたが、やがて本当にキャンプ場は現れ、値段も10€と昨日よりもずっと親切な値段。昼間はどうなることかと思ったが、まずはここにたどり着くことが出来て本当にホッとした。
翌日、今日はしっかりと目的のキャンプ場を定めて向かうことにした。朝のイタリアの風はとてもさわやかだ。沿道には野の花が咲き誇り、木々は新緑のフレッシュグリーンを讃えている。本当にローマからまだちょっとしか来ていないのに、丘陵地帯には麦畑やオリーブの木々が植えられ、その様子をあえて一言で言うなら「メルヘン」という言葉しか思いつかない。日本で日常的にメルヘンなんて言葉を使うことがあるだろうか、いやない。しかしこの風景はどうしたってメルヘンという言葉しか出てこない、幼稚なのは分かっている。でもメルヘンなんだから仕方がない。ああ!もう昨日から何回「メルヘン」言ってることだろう。
と、さいさきは順調だったのですが、選んだ道は昨日に続き相変わらず車も人気も少ない。さらに舗装もなくなって、ヨーロッパでまで?ついに未舗装の砂利道に入ってしまった。この道はさすがにマズイんじゃない?しかし地図上では間違っていなかった。まあ最悪引き返せばいいわけやし・・・。未舗装の道は相変わらず続く。昨日精神状態の悪かった時にこの道に出会えば確実に泣いていたが、今日は思いのほか余裕で、なんとかなるだろうと楽観視できるくらいであった。道はガタガタで走りづらいが草花が待ち焦がれていた春の中で踊るように咲き誇っていてウキウキする。しかしこの道いつまで続くんかな・・・。勾配のキツイ登りに入り、オマケに砂利道だ。自転車を押してもズルっと空回り、日差しもすこぶるキツい。汗をダラダラ流して早く舗装路に合流することを願いながら先へと進む。
民家がチラホラと見え出した。とある1軒の庭にいる犬と目が合った。イヤな予感がした瞬間、犬3匹は吠えてこっちにかけよってきた!庭と道の境には有刺鉄線が張られていた。この有刺鉄線は格子状に張られていて、ギリギリ犬がすり抜けられるスペースはあるようだけど、まさか越えてこないだろう。有刺鉄線の直前までやってきた犬たち、有刺鉄線をゆーっくり・・・すり抜けれるんかい!僕の下までやってきてワンワン吠える3匹の犬。僕は思わず、
「大丈夫!大丈夫!俺は世界で一番無毒無害な人間や!」(なんじゃそれ)
と犬相手に後ずさりしながら語りかけたところ、話が通じたのか?犬たちはやれやれと庭の方に戻っていった。安心して調子に乗った僕は 「ついでに前の道通っちゃってええかなー?」 とけっこう大きな声で話すと、戻りかけていた犬が一匹クルっと振り返って思わずドキッとしたが、すぐにまたそそくさと自分の縄張りへと引き返していった。この後家の前を通る時にもう一度吠えられたがことなきを得た、ふう。
その後、道は無事本線に合流した。ホッとしたのと同時にそこにもキレイな丘陵の景色が広がっている、3日目にしてやっと景色を楽しめる余裕が出てきたというものだ。
これで順調に目的のキャンプ地まで進めたら良かったのだが、午後からはペースが上がらず、坂に苦しみ、強い日差しに体力を奪われていた。キャンプ場まであと15km、この後も同じように坂が続くとすれば暗くなるまでにたどり着けるか自信が無かったので、手前の街のホテルに1泊することにした。朝食付きの個室で40€(5000円くらい)とまたまたぶったまげる値段であったが慣れない土地の旅始め、安全を選ぶことにした。結果的に色々整理がついて良い滞在になったのである。
最初少しつまづいたものの少しずつ回りだしたヨーロッパ自転車旅。次回は楽しき側面を紹介していきます。