top of page

チンクエテッレ、天国と地獄の27km【後編】

フィレンツェを出て5日目、僕はマリオーネという海沿いの街にいて、無論「チンクエテッレ」に属する場所である。実は昨日からチンクエの頭角を少し目にしていた。坂を上り、カーブの向こうに突然まばゆいほどに輝く壮大の地中海と、そこに落ち込む巨大な山々が見えたのです。しかもその急峻な土地には緻密な段々畑が形成されていて、その瞬間僕の頭の中に流れたのは「パスカルズ」という日本の音楽グループの「だんだん畑」という曲で、その圧倒的な景色を前に僕はしばし立ち尽くしてしまいました。

どうやらマリオーネの街から段々畑の中を歩いていける道があるようなのです。チンクエテッレの楽しみ方の一つに、この段々畑の中には一般旅行客が歩ける遊歩道が整備されており、トレッキングを楽しむことにあるようだ。今日の行程は30km先のキャンプ場に向かうだけなので、少しこの辺りを楽しんでみてもイイだろう。僕は遊歩道に向けて歩き出すと、チンクエテッレの素晴らしさをすぐに感じることが出来る美しい風景の数々に出会うことになる。この地域の人々の営みを支えてきたブドウ畑の鮮やかな黄緑と真っ青な海のコントラスト、色とりどりの可愛らしい家並み、小道を彩るたくさんの野花達、なんて気持ち良い散歩道。そこを降りて街も闊歩してみる、昨晩は久々にレストランで食事して、さらにパーカーもそれほど高くない値段で購入することが出来、本当に僕はこの町を、チンクエテッレを謳歌していた。気が付けば時刻は午後2時。でも今日は30kmだけだ。ある程度坂も登り切っているし、それほどのアップダウンもないだろう・・・。

20150527_191611.jpg
20150527_174228.jpg
K5270426.jpg
K5270457.jpg
20150527_201022.jpg

甘かった、大甘ちゃんでした。ようやくマリオーネを出発した僕。メインルートに戻るまでは急な坂道、メインルートに戻ってもさらに坂は続く。それもペダルをこげるようなレベルの勾配では無かった。ギラギラ輝く日差しを受けて汗を流しながら、クソ重たい自転車を必死こいて押していく。つづら折れのカーブが頭上にいくらか見える。ハハ、あんなとこまで登れってか??飲み水は目に見えて減っていく。小さな集落の横に来たので水の補給だ。バールを見つけたので500mlのボトルを出して「クエンテ?(いくら?)」と聞くと「ウーノ・チンクエ(1.5ユーロ)」と返ってきたので、またまたビックらこいた。スーパーではないといはいえなんて値段設定。でも買うしかなかった。

K5270508.jpg

坂はまだ続く。少し勾配が緩くなる箇所があったのでこいでみようと試みるもすぐに息が上がって立ち止まる。するとある所から急に道が下り始めた。ものすごい下りだ。ブレーキを握りしめる手が痛くなるほどの鋭い勾配とカーブがしばらく続いた。やがて下り切った小さな小さな交差点。今日はたった30kmの行程だ。だが2時間経ってみてまだ10kmくらいしか進んでいない。時速にしてみれば5km/h。歩いているのと同じやないか、いや歩いている方が早いのかもしれない(もちろん空荷での話)。残り20km、時刻午後5時、イタリアのこの時期は日が長いので8時までは明るいけど、今日は山の中。しかも今坂をたっぷり下ったばかりなので必ずまた登ることが予想出来る。状況はかなり良くなかった。まあ最悪野宿すればいいのだけど、何度も言ってる通り平地がないのでテントを張る場所さえあるか、いやそれよりも残り水がまた少なくなってきていることが今の一番の危惧するところである。しかし考えていても始まらなかった。モヤモヤ頭にもたげている不安をかき消すように、僕は「うっしゃいんじゃ、クソボケ!!負けるかー!!」とその場で叫び、自転車を坂に向かって押し始めた。道は狭まり、車1台通れるかというぐらいだ。相変わらずの急斜面。先ほど気合を入れてみたもののそれで信じられない力が手に入るわけではない。100m押して、ゼーゼー言って、また100m押して立ち止まってと何回も何十回も繰り返していた。時々通り越していく車やバイクを見て「一声もかけてくれへんのやねえ」と一人皮肉を言う。まあ自分勝手にこの道を選んで旅しているだけ、彼らが僕に声をかける必要などないし、こっちだってまだ助けを求めるほどの状況ではない。しかしいつまでたっても終わらないなこの坂は・・・。

cinqueface.jpg

(坂道で一喜一憂する図)

すると道の脇に立派な庭が現れた。そこにはホースで水をやる現地の女性が。目が合ったので「ボナセラ」と挨拶をする。通り過ぎようとした刹那、僕はハッとした。水だ!水をもらおう。しかしその一瞬ためらう自分もいた。なぜなら昨日物乞いに勘違いされたばかりで、水を少しいただくことさえ卑しい行為な気がしたから。でも今はそんなことは言えない。ちょっと水をもらうだけだ。僕は「プレミッソ、ヴォレイ・アクア(すみません、水をいただけませんか?)」とボトルを差し出すと「もちろん。」という感じで、ふくよかな体のオバチャンはニッコリと微笑み、空のボトルをたっぷり水で満たしてくれた。ああ、なんて有難い・・精を込めて僕は女性に感謝した。出来れば写真を撮らせていただきたかったけど、水をもらって次はいきなり写真撮らせてってちょっとさすがに強引すぎるなと思ってやめた。そこを発ってから、ああこの水、飲める水か聞いておけばよかった、まあ大丈夫か。あとなぜもう1本のボトルにも入れてもらわなかったんだろう・・・と後悔したが水が増えたことで少し気が楽になる。道はまた小さな交差点に差し掛かかろうとしていた。15kmを少しすぎたくらいだろうか?日はまだある。さてどうなるか。すると1台バイクが後ろから来て僕のすぐ近くの民家の横に止まった。見れば先ほどの女性だった。「あら、また会ったわね。水はまだいらないの?」と優しい言葉をかけていただき、また甘えることにした。携帯の地図を見せて、ここまで行きたいんだけど、道はアップダウンするかな?英語のあまり話せない女性に身振りで手振りで話すと「大丈夫、ここからはイージーよ。」と太鼓判をいただき、僕は心底安堵した。同時に女性がまるで女神様のように見える。これまでの不安もあり僕は本当に情けない顔で何度も感謝した。女性はサラッと、イタリア人の決まり文句で返してくれた。「プレーゴ!(どういたしまして)」

R1168607.jpg
R1168617.jpg

その先、いくらか緩めの登りが続いたが、それを越えると一気に道は下りだし、目的のキャンプ場まで続いた。たどり着いたキャンプ場の林の中に僕はテントを張り、やっと一息つくことが出来た。やり切った達成感と、心地よい疲れが体を包んでいた。


bottom of page