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男はホームで2度笑う


僕はあまりのやるせなさにその場で地面を思い切り蹴った。体力と気力はかなりそろそろ限界に近づいてきている。

話は遡る。ボルセナからはるばる山々を越えてたどり着いた夕暮れのキャンプ場で。絶景と苦しい上り坂の連続だったチンクエテッレでもまた。ある高台のキャンプ場にて、南を向けばやはり蒼く広がっていた、この時は海水浴を楽しむ人々を見ているといよいよ入っておかずにはいられなくなった。いつも喜怒哀楽のそばにいてくれた思い出深き「地中海」ともこれでしばしのお別れ。これからイタリアのさらに北を目指して行く。その上でキャンプ場が無い地域が続くようなのでそこは電車で飛ばすことにした。

時刻は午後5時くらいだったろうか。地中海沿いの田舎駅からパビア駅行きの列車を待つこと2時間、僕はやらかしてしまう。ところで全ての路線かは知らないけど、イタリアの電車は自転車をそのまま積むことが出来ることがある。時刻表を見て自転車マークのある時間の列車がそうだ。しかしその列車の中で自転車を載せてもいい「車両」が決められてある。その車両がどのポジションになるかは書いていないし、来てみないと分からない。切符を買う時に駅員さんに聞いておけば良かったのだが、それを怠ったのがこの不運の始まり。確かこの前は先頭車両が自転車用だったから、という安易な予想でホームの先頭側の端で待機。しかしいざ列車が来ると予想とは裏腹に全く反対側のようだった。もちろんこの状況に僕は焦る。専用の車両でなくても載せることが出来るかと確認したけど、段差が2段3段あり、荷物を積んだ自転車を持ちあげることが困難なのと、加えていつもガラガラだった車内はこの路線に関しては人がギュウギュウ。自転車を入れる余裕などなかった。

「あーあーあー・・・。」

頭の中がだんだん真っ白になっていく。電車は行ってしまった。今の電車に乗っても目的地に着くのは夜の9時すぎ、また到着が遅くなってしまう、キャンプ場に入れてもらえるだろうか?僕は望みをつなぐため、中継の大きな駅までなんとかやって来た。しかし時刻表を確認するも、もうすでに目的のパビア駅までの列車は無くなってしまったよう。僕は選択を迫られた。

1、現在いる駅にはキャンプ場なし、よって宿に宿泊。

2、元の駅に戻ってキャンプor野宿。

3、今いる駅で寝る。

こんなくだらないことで高い宿代を払うなんてアホらしい。さっきの場所に帰るのも体力のムダ。次の列車は翌朝の6時前、あと8時間待てばいいのだ。僕はその駅で夜を明かすことを選択した。こういうことは今までに経験済みなので焦りはしないけどなんて面倒臭い・・。

大きな駅だ。最終が終われば締め出しをくらう可能性がある。駅の清掃員らしき若い兄ちゃんを見つけて聞き出してみる。

「駅で寝たいの?イイ場所見つけて適当に寝ちゃえばいいよ。」

という感じの軽いノリだった。まあ朝まで過ごすことが分かればいいのだ。同じことを考えてる方々は僕以外にもけっこういて、明らかに今日は移動する気のなさそうな旅行者がベンチ周辺10数人たむろしていた。「駅寝」するのを阻止するためか、ベンチには固い肘掛が取り付けられており、非常に寝にくい。やっと座りながらでも睡眠がとれる態勢を見つけ、眠りに入りかけようとしたころ誰かに肩を叩かれ目が覚めた。駅の職員2名が前に立ち、

「駅を閉めるから出ろ。」

というのだ。はーなしが違いま、す、がな。周りの「同志」達も同じく締め出しをくらう。イイ大人達が追い出される様は滑稽でなんだか見ていて面白い。

外に追い出された我々。真夜中の都会の駅の外、床も汚く、周りの雰囲気もよろしくはなさそう。ある者は段ボールを拾ってきて寝っ転がったり、ある者は駅前に自前のテントを張ってそこで寝ようという猛者も、それはさすがに真似できないねえ。という僕も最初は地べたに座ってボヤっとしていたのですが、だんだんそれもしんどくなってきて、レジャーシートとマットを敷いて熟睡。良く襲われなかったもんです。

時刻午前5時、がらんとしたホームで列車を待った。次の自転車の車両はどこに・・・?しかし朝早すぎて職員もほとんど出勤しておらず聞くことも出来ない。そして列車は来た。ホームの端で自転車と共に立つ僕に、降りてきた乗務員はこう言う。

「ここに自転車を載せることはできない、向こうの端まで行くんだ。」

ええ!?またかいな。僕は周りに危なくない程度に早歩きで端まで移動、まだ電車は出発していない。しかし今度は手動式のドアが開かない。もう一つあるドアも開かない。開け方が間違っているのか?そこに職員はおらず、一人で焦る僕、電車はまたも僕を残して行ってしまった。体力と気力が限界の中、僕は思い切り地面を蹴った。そして呆れて力なく笑う。

次の電車は2時間後、ようやくご出勤された職員様に、

「次の列車は自転車をどこに載せればいいのでしょうか?」

「前と後ろ、両方大丈夫ですよ。」

よーし、両方だな?僕は2度口頭で確認して、またもホームの端にて固唾を飲んで待つ。列車は来た、緊張が走る。電車から降りてきた乗務員は僕にこう言った。

「ここには載せれないよ。向こうの端まで行ってね。」

と色々あったのですが、なんとか目的のパビア駅、そしてキャンプ場まで着くことが出来ました。自転車をそのまま載せることが出来るのはとても有難いのだけど、勝手がどうしても外人には分かりづらい。しかしこれだけ荷物積んでる自転車野郎のことまでいちいち考えてられるか!って話なのも事実。いや、本当イタリアの列車には様様でございます。


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