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There were two passes.


レ・マン湖の北側を走りジュネーブという都市へ。オリンピック連盟、サッカーFIFA、そして国連の本部などの名だたる国際組織の中枢が集まるのがここジュネーブ。道を歩く人を見ていても様々な国籍の方がいるように見える。とはいえ僕は都会の走行は出来るだけ避けたい。交通量は多いし、道の構造が複雑だし、一方通行も多くて正直面倒くさい。ジュネーブに見どころがあるかは知らないけど出来れば早々と抜けてしまいたく、駅近くの教会の前のベンチで、朝作ったサンドイッチをほおばったらすぐに目的地に向けて走りだした。滞在時間は2時間ほどだっただろうか、しかしこのジュネーブに再びお世話になることになるのをまだこの時は知らない(もう少し先の日記で出てくることでしょう)。

ジュネーブを抜けてフランスへ、今日の目的地はイタリアで出会ったフランス人の住むアヌシーという街へ。前々から「遊びにおいで」と言われていたのでお言葉に甘えることにした。やがてフランスとの国境、昔のイミグレーション(国境審査)の名残の建物が残っていたが、今は皆素通りだ。さてフランスだ。アン・ドゥ・トロワでボンジューと言ったところか、中山うりの「恋する自転車」が頭の中で鳴り始めた。

道は交通量が多く緩い上り坂、おまけに雲一つない空から容赦なく降り注ぐ熱波にだんだん嫌気が差してくる。すると横手にショッピングモール。まだたくさん距離を残していたし、こんなところで油を売っている場合ではないのだけど、気分を変えるために少し寄り道。中には大きなスーパーマーケットが、そうだそうだ、国が変わったから物価のチェックといこうではないか。なにか試験の結果が返ってくる時のドキドキに似ている。物価の高さに毎日悩ましい日々を送っていたやっとスイスから解放されたることだろう。よく買う食材を中心に見ていく・・・うーん、あまり安くなったとも思えない。まあ確かにスイスよりは安いけどイタリア程ではないな。でもこの値段ならなんとか生きていけそうなだろうか。 残りまだ40km程残していたが時刻は午後5時、日が長いのでまだ走れるにしても今日着かなければならないわけでもなし、近くにキャンプ場もあるらしいし、もう今日はこれで終わりにしてしまうか?まずはキャンプ場の値段だけでも見てみよう。「4ツ星」がついた看板に嫌な予感はしたがレセプションで値段を聞くと衝撃の18ユーロと返ってきた。どうしてもこの街に魅力を感じて泊まりたいのだというなら話は別だが、疲れたしサボるかで気軽に泊まれる値段でもなかった。キャンプ場を辞してひとまずアヌシーへと再びペダルをこぎ始めるも正直日没までに着くかは自信がない。気分は上がるどころか下向きに、またくだらないことを考え始める。実はここ数日ちょくちょく頭に浮かぶ、これ以上旅を続けることに意味はあるのか?という問いについて。

余裕を持って貯めていたはずだった旅資金だったが、ここまで半年間使ってきた金額をざっと計算してみると、残りの予定まで持つかどうかが怪しくなっていることが分かった。最後に旅する予定のアルゼンチン・パタゴニアのベストシーズンは12月~3月と言われている。あと1、2カ月でヨーロッパを出る予定だが、そのまま場所を移して旅をしていると、とてもお金が続かない。12月までお金を保ちながら過ごす方法、思いついたのが「ワーキング・ホリデー」というものだった。これは語学留学を主な目的として、なおかつ現地でアルバイトしながら一定期間一つの国に滞在することのできる制度である。ヨーロッパでワーホリのビザを取得することは少し難しく、なおかつ不景気で失業率の高い国もあろうに、言葉もあやふやな外人が雇われるのは難しいかもしれない。その点オーストラリアやニュージーランドでは昔からワーホリで外国人を受け入れてきているので、ヨーロッパに比べると敷居は下がるようである。どうせなら自転車旅で旅するのに魅力的なニュージーランドに行ってみたい。いや、もちろんここでは旅ではなく仕事するのが主な目的なのですが。学校に行くつもりはない、お金を稼ぐことに集中すれば旅資金を保ったまま月日を過ごすことが出来る。だいたい自転車ばかりこいでいても飽きてしまう、リズムを変えるためにこのワーホリは多いにナイス!とイタリアを旅している時から考えていたことである。

しかしここ最近どうしたものか今後について悩んでいるようだ。20代を無計画に過ごしてきた僕は26を過ぎたころからようやく同じ年齢の周囲とかなりの距離が離れていることに気付き、それからは出来る範囲で頑張ってきたもののその距離は未だ埋まることもなく、ずっとコンプレックスを感じてきた。確かにここまでの旅で十分満足出来る体験をしてきた、それに加え今後の人生に対する焦り。帰国予定の来年春まで旅の計画・目的地を立てていたにも関わらず、意思は揺らいでいた。もう帰ってもいいんじゃなあい?って。

しかし自転車をこぎながら、しばらくして思ったのだ。ここでやめてしまったら、きっと帰ってからもうまくいかない気がした。遊びさえも飽きてしまったら「やーめた。」ではきっと帰って仕事を始めても嫌になったら「やめよっかなあ?」って思うんじゃないか。望む仕事に就いても中途半端なことしかできないのではないか?・・・なに言ってんの??何がやめよっかなあだあ???やれよ。遊びでも最後までやり通せよ!中途半端なこと言ってんちゃうぞこらぁ!!

と、いうわけで心の靄はこれですっかり取れたよう、我ながらあっさり。ワーホリを経て資金を保ち(仕事見つかるか分からないけど・・)旅の最後にはアルゼンチン・パタゴニアの先に待つ最果てのウシュアイアまでたどり着くこと。お金と根性が続くかは正直分からない。でも中途半端な気持ちで帰国しようというのは無くなった、やれるだけはやってみよう。もちろん本当に帰っても後悔しないという気持ちになれたならそれはそれで受け入れてもいいかとは思う。

そう考えていた折、対向車線の車から「パッパラッパッパラパッパ」と不思議なリズムのクラクションが鳴った。車からこちらに手を振ってるのが分かり、僕も手を挙げて応じた。 こんな楽しいことを止める?はっ、何を言いだすことやら。

ハアハア、しかしいつまでも終わらないなこの坂は・・・。っと思ったら頂上を示す看板が現れた。どうやら本当の峠だったみたい。今日の峠は2つあったよう。

最初日没までに着くか怪しく野宿も覚悟したけど、みるみる距離を減らしていき、やがて僕は夕暮れに染まるアヌシー湖の前に立っていた。やればできるやんか。心地よい疲れが体を包んでいた。

(人魚を乗せたシカに注意?)


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