ぬるめの「レイコ」は体に優しく
1週間を越えてお世話になったフランスはアヌシーの友人オリビエ・アリア宅を辞すことになった。ヨーロッパを離れるフライトは3週間後のドイツ発なのだが、その前にNZのワーホリビザの取得のため、病院の診察を受けないといけない。問い合わせた指定病院の医師達は、運悪くバカンスシーズンのためほとんど不在の中、唯一予約の取れた病院がスイスのジュネーブで、元来た道を戻ることとなった。やっとスイスの高い物価から逃れたと思っていたのに、まさかまた戻ってくるとはね。
分かりやすいところまでオリビエが自転車で案内してくれた。カフェでコーヒーを飲んで、握手を交わしてお別れ。ほんっとうに、ありがとう。前回走った幹線道路ではなく、川に近い田舎道を走ることを勧められた。フランスの田舎道は緩やかな傾斜の畑が続き、家の造りも可愛らしい。本当ならスイスで用事を終えると、フランスに再入国して旅をしてからドイツに向かう予定だったのだが、スイスから直接ドイツへ向かうことになり、今回フランスを自転車で旅するのはこの日が最後になった。ツール・ド・フランスも開催される自転車文化豊かなこの国をまたいつの日かじっくり旅してみたいなあ。
さて、ジュネーブに到着してキャンプ場に3泊しながら病院などの用事を済ませた。泊まったキャンプ場は値段が高い上にホスピタリティもイマイチだった、トホホ。シンプロン峠やツェルマット周辺のアルプスの景色はとても美しく大いな感動に値したが、心からスイスを好き!と言えないのは、やはりどうしても物価の高さが僕にそう思わせてしまう。1ユーロも無駄にしたくない長期旅行者にとってはスーパーに入るだけで毎度気が気でない気分を味わうのはちょっとしんどい。これから直接ドイツに向かうのだけど、自転車ではなく電車で一気にスイスを抜けることにした。距離的には3、4日程度だったので物価を踏まえても、もう少しスイスを旅してみたい気持ちもあったが、7月初めのジュネーブは町中熱波が渦巻き、もの凄い暑さで自転車を楽しむ状況ではないと感じた。この国とはこれで今回お別れと思っていたのだが、スイスから最後にささやかなプレゼントをもらえるとは思っていなかった。
ジュネーブ駅からドイツとの国境の街バーゼルへ電車で向かうことに。しかし駅に着くと電光掲示板の表示がおかしい。どうやら何かトラブルあったようで電車が遅れているようなのだ。僕は暇人なので電車が多少遅れることなど特に問題ではないけど、困ったのは本来バーゼルまで乗り換えなしで行けるはずだったのに、遅延の影響で途中2回の乗り換えをしなければならないことになった。重い荷物を積んだ自転車を抱えての乗り換えは多少なり手間なのだ。さらに小さなアクシデント、一人の乗務員が僕の切符を見て怪訝な表情を浮かべた。僕は乗車券と同時に自転車料金を前もって払っていたのだが、今回乗る列車の種類が変わったことにより、さらに別途の自転車料金を支払は無ければならないという。いやいや、遅延は僕のせいじゃないんだから新たに払うのは筋違いでしょと思うも、表情一つ変えないその乗務員は一向に折れない雰囲気でしぶしぶ2000円近い金額を払うことになってしまった、なんてこった。最後の乗り換えを終え、僕は列車の狭い通路で自転車をこかさない様に注意しながら立っていた。そこに新たな乗務員の方が切符の確認に来られた。彼は僕が自転車を抱えてジュネーブからバーゼルに向かっていることを知ると「おお、そりゃあ長旅だねえ。よし、君に飲み物をおごってあげるよ。また戻ってくるからちょっと待っててね。」そう言った気がした。相変わらずリスニング力の低い僕だから怪しいけど。しばらくしてその乗務員が戻ってきた。さっきのは聞き間違いではなかったようで、ハンディの券売機で1枚のレシートを発券し、僕に手渡してこう言った。
「この紙を渡せば、バーゼル駅のカフェで1杯飲み物が無料になるから。」
その瞬間、少し曇りがかっていた僕の心は一気に澄み渡っていくようだった。電車の乗務員という業務上、さっきの自転車料金を徴収してきた方のように固い対応もいたしかたないと思っていたけど、こんなフランクな対応をする方もいることに素直に感動した。さっきの自転車料金とスイスの物価も含めて結果的には損してるんだけど、そんなことは一切忘れるくらい、僕の心はほっこりと温まり、最後の最後でスイスの印象がグッと良くなったのだ。僕のような観光客にとって、その国の印象は景色の美しさも重要なファクターだけど、結局のところ、その国でどんな人に出会ったかがやはり印象に残るような気がした。
バーゼルに着くまでその乗務員の方と少し世間話とお礼を言って、電車を降りた。さーて、じゃあさっきのチケットでコーヒーでも飲むことにするか。暑いからホットじゃなくてアイスドリンクが飲みたいなあ。バーゼル駅構内にいくつかあるうちの1件のカフェに入りメニューを見ることなく「アイスカフェラテ」と注文した。するとそれを聞いた男性店員はあまり面白くなさそうな表情で、オーダーをとり、マシンへと向かった。アレ?メニューにないドリンクやったんかな?しばらく待っていると男性の扱うエスプレッソマシンのポルタフィルターからドボドボと白濁した液体がテイウアウト用のカップに注がれているのが見えた。え?白いエスプレッソなんて見たことないけど?あれ俺のと違うよね、だいたいテイクアウトかどうかも聞かれてないし。カップの3分の1以上をシャバシャバ・エスプレッソが入った透明カップに男性はミルクを少し流し込み、フタをしてハイと僕に手渡した。お、俺のかえ!?それは貧相な見た目だった、氷さえ入っていない。そうだ、イタリアでもアイスカフェラテと頼めば氷は入ってなかった。おそらくヨーロッパではアイスコーヒーを飲む習慣があまり無いのではないか。まあまあ飲んでみようやないか。・・・うわ、これはひどい。まるでインスタントコーヒーで作ったアイスカフェオレの氷が解けてぬるくなったそれに似ている。見やれば横の男性はスターバックスで出てきそうなクリームがたっぷり乗った美味しそうなアイスコーヒーを飲んでおられた。なんで?あと2フランくらい足せばグレードアップできたのだろうか?コーヒー作った店員に、おまはんこれ旨いと思うか、ちょっと飲んでみ?と言いたくなったが、タダ飲みやし、お金払っていてもクレームつけるのは趣味で無いので、グッと飲み干してカフェを後にした。まあキンキンに冷えたコーヒーより体にやさしいかもしれない・・。さっきまでウキウキしていたけど、「ヒザカックン」されたように苦笑いを浮かべながら僕は駅の外へと自転車を押した。
バーゼル駅の外は快晴の空の下、夏のギラギラとした熱波を伴って僕を出迎えてくれた。ヨーロッパ・最終訪問国のドイツはもうすぐそこにある。
ちなみにタイトルを付ける時、「アイスコーヒー」ではなんとなく語呂が悪かったので「レイコ」にしてみました。その世代ではないのでこれはこれで違和感あるような気もしませんが。