飯は熱いうちに食え、大げさなくらいに喜べ。
ムルルハルト発の汽車に乗り込む。行先はデュッセルドルフ、ドイツ西部に位置する大きな街、そしてこの街が今回のヨーロッパ編の最終目的地となる。シュトゥットゥガルトでの乗り換えを終えると、汽車は僕に難の苦労もさせず目的地に連れていってくれた。何度も電車輪行してきたけど、これだけスムーズに移動が出来たのは初めてかもしれない。自転車は「専用駐輪車両」に預け、心地よい揺れを感じながらシートに身を預けていると知らぬ間にウトウト。途中、線路の横を流れる広大なライン川では輸送の大型タンカーが行き交い、川の対岸にはドイツらしいカクカクとしたゴシック建築の古い家並、山の上には時々石造りの古城らしきものも見られ、「自転車こがないのはもったいなあ」と思いつつ、また眠りに落ちてしまった。やがて沿線は建物が目立つようになり、都会に来たことを感じる。デュッセルドルフ駅のメインフロアーはたくさんの人が行き交い、その間を自転車を押して注意深く歩き、出口の外へ。ヨーロッパ編のゴール地にたどり着いたわけだ。達成感もひとしおと言いたい所だけど、ここまで楽ばかりしているのでアジア編でハノイに着いた時のようなそれは感じないのも本音。でも無事に着いて良かった。
デュッセルをゴール地に選んだのには2つの理由がある。一つ目は、僕が日本にいた時から絶対に行ってみたかったカフェがこの街にあること。二つ目はカンボジアの道中で知り合ったサイクリストがこの街に住んでいるそうで、「ドイツに来るなら遊びに来ていいよ。」と言ってくれていたのだ。カフェに関しては次回の日記でじっくり紹介しよう。その知り合いのルディガーさんと再会に至るまでは、ただ約束の時間に、教えていただいた住所を訪ねるだけでこれまたスムーズな運びであった。半年ぶりに再会したルディガーさんは思ったよりも若く見える。カンボジアで初めて会った時は道端でほんの5分くらいしゃべっただけだったから記憶が薄らいでしまうのも仕方がない。ところで再開前からメールで連絡を取り合っていた時、ルディガーさんの文中に、 「Act as if it would be all yours, please!(僕の家を君の自宅のように使えばいいよ) 」とか「home-made (by my wife!) bread and fresh fruits are waiting for you(妻の手作りのパンやフルーツが君を待ってるよ)」 と書いてあるのを見て、小躍りしたいくらい嬉しくなり、思わずパソコンの画面に向かって手を合わせてしまった。そんなこんな笑顔のルディガーさんは僕を自宅に招き入れ、パンを焼いていただけるという奥さんと初対面した時に僕の浮かれ気分は一転した。 「Hello!My name is Yusuke.Nice to meet you!」 とテンション高めで自己紹介するも、奥さんは 「Hello.」 と笑いもせず一言だけ。あ、あれ?もしかしたら来たら迷惑だった系??不穏な空気を感じ、軽く困惑する僕をよそにルディガーさんは「ユースケ!これから週末の自転車イベントがあるから行こう!」と外へ連れ出された。 広場にはすでに100人以上のサイクリスト達、しかもその数はさらに増えていく。これから始まる「critical mass」というイベントは月1回週末に行われ、デュッセルドルフの街中を大勢(その数、千を越えるとか?)でサイクリングするというもの。この街では公認?のイベントなのか、道行く通行人も手を振ったり振られたり、車も道を譲ったり。しかしこの時の僕といえば、お世話になる家の奥さんが不機嫌で気がかりだし、さらにこの日の移動疲れと、このイベントの意図するところも分からずただ、ただ自転車をこぎながら僕は困惑していた。
その翌日、土曜日で仕事休みのルディガーさんは僕をまた別の自転車イベントに連れていってくれる。同じく仕事休みの奥さんもこのイベントに行くみたい。実は奥さんも自転車旅行が好きで、ルディガーさんが東南アジアを旅した直後、ニュージーランドで合流してそこで夫婦サイクリングの旅を楽しんたそうである。そういう話を事前に聞いていたものだから、僕への今だ素っ気ない対応に戸惑いを感じずにはいられなかった。僕はただ迷惑をかけたくないだけなので、別にキャンプ場に移るのは構わない覚悟なのだけど、ルディガーさんはもちろんそんな気はないので、一方的に僕が奥さんのご機嫌を伺っているという状況だ。 さて、この日のイベントは両夫妻の所属する地元サイクリングクラブに関わるのもので、まずはその基地のような場所でクラブのメンバー達と「朝食会」。ところでドイツパンに来てパンがとても美味しい。特にヒマワリの種が散りばめられた円盤型のハードパンのサンドウィッチは香ばしい上に食感が良く、食べ応えがあり美味。街にはパン屋さんが充実しており、コーヒーマシンを置いてある店(ただしスイッチ・ピッ・ジャーでコーヒー好きとしては味気無いけど)も多く、中で食べることが出来てドイツではよくパン屋さんに行った。話は戻り、そんなドイツパンと数多くのチーズ・ハム・ジャムが並んだ「ちょっとリッチな朝食会」の間は僕も心配事を忘れて楽しんだ。
個人的にはこれで帰って家でゆっくりさせていただきたかったのだけど、イベントはこれからが本番。この日集まったメンバー10数人、平均年齢は僕を除いて40~60代とかなり歳上。みんな自転車に跨り昨日と同じようにデュッセルの街へと繰り出した。この日のサイクリングのテーマは「デュッセル川のルーツを巡る」とのこと。元々デュッセルドルフDusseldorfという地名は「デュッセル川のある村(ドルフ)」から来ているみたいで、町中を流れるデュッセル川という小川のことをもっと知ってみようという、ドイツ版「ブラタモリ」的な、なんともマニアックな趣旨だった。僕は基本的には自転車をこいでいるだけでも楽しい人間なのだけど、町中を走って要所、要所で止まり「ここは川が2つに分かれる所で云々・・」という少々地味な内容というのと、奥さんの謎の不機嫌と、初対面で年上のドイツ人達に気を遣っていたこと、もう一つ気がかりだったのが、ヨーロッパの後に行くニュージーランドのワーキングホリデービザの許可がまだ下りておらず、僕はこの時もまた困惑を感じていた。
サイクリングは思ったより長く続き、太陽のホワイトバランスが暖色に向かい始めていた頃、一同はとある公園に落ち着いた。僕は心身共にヘトヘトでいつでも「そろそろ帰ろうか」のルディガーさんの一言を待っていた。これからこの公園でバーベキューを始めるという。もういいよ、帰ろうべな。そう思って待っていると、最初の「基地」に戻っていたメンバーの一部が、後輪に巨大なコンテナが据えられた自転車でやって来て、その巨大なコンテナから折りたたみの机、BBQ台、食材やらドラえもんのポケットの如くなんでも出てきて、あっという間にバーベキュー・セッティングが行われていく。活動停止していた僕の脳内の歯車が動き出す音がした。机の上にはドイツパンはもちろん、女性メンバーの手作りお惣菜がカラフルに並び、炭火の上の網にはたくさんのお肉やソーセージが焼かれ、僕の瞳はついに輝きを取り戻したのニャー!!(やかましわ) 「これがドイツ・バーベキューだよ。」 ルディガーさんはそう言った。おそらく人生で最も美しく、美味しいバーベキューであったかと思う。とまあ、自分という人間はご飯を食べている間は幸せということが分かった。ま、食べることは生きることですからね。とはいえ、今日のサイクリング中ずっとやさぐれていた訳でなく、興味深いこともあったし、メンバーの方達とも会話を楽しめたし、結果的には良い1日であった。しかしその間もルディガーさんの奥さんとの会話は無かったし、未だ壁のようなものを感じていた。
その翌朝、僕の寝ている部屋にルディガーさんが、 「ユースケ!起きたかい?ワイフがワッフルを作ったから食べにおいで!」と言う。 キッチンに行くと、奥さんが焼かれたワッフルと、ボウルにはそれぞれフルーツとヨーグルトが盛られてあり、自分でトッピング出来るようになっている。お世辞で無く、このワッフルは本当に美味しかった。コーヒーとの相性も抜群で、こんな最高の朝飯は無いと思った。なんて言ったか忘れた。単純にただ、 「これはほんっとうに美味しいです。」 と言葉にして言ったんだと思う。僕は奥さんの顔を見れていなかったのだけど(どれだけビビってるのや)、それを聞いた奥さんは、 「フフッ。」 と小さく笑う声が聞こえたのだ。奥さんが・・笑った?笑った!クララが立った!!(違う)するとそれから最初のわだかまりは何だったのか、奥さんとは普通に会話が出来るようになった。最初会った時はおそらく仕事でお疲れだったたのもあろう。しかし僕がワッフルの感想をハッキリと声に出して言ったことも、壁がとれた要因の一つでもないかと思う。僕も仕事やプライベートで料理やコーヒーを出すことがあるので、分かる。特にプライベートで、ゲストへの料理となればなおさらだ。作り手はいつでもゲストの反応を待ってドキドキしているのだ。だから呼ばれたら、料理はアツアツの一番美味しいうちに、そしてちょっと大げさなくらいにリアクションすることが、作り手にとって最も幸せな収穫なのである。料理の場面だけではないですよね、言葉って大事。
(この日は昼食にルディガーさんがラタトゥイユを作ってくれた、これまた美味。)
この翌日、お2人の仕事の都合で僕は一時キャンプ場に移ることになります。それはさておき、次回はヨーロッパで必ず行くつもりであったカフェの話をしようと思います。
あとタイトルが偉そうな感じですいません、自分自身への教訓的な感じで。あと付け加えるなら「飯は熱いうちに食え、大げさなくらい喜べ。ただし猫舌なら要相談」で。どうでもええか。