此れもまた、旅の最中にて。-就活編①-
住む場所を決め、所得税の手続(IRD)、銀行口座の開設等を済ませ、いよいよ本格的に就職活動を始める。まずは就活に必須の履歴書(CV)作り。決まったフォーマットに書きこむ日本の履歴書と違い、NZの履歴書はパソコンで作成して、1枚か2枚のコピー用紙にプリントする。セオリーはあっても、決まったフォーマットはない。ネットで調べ、過去の「お手本」を参考に、「私はこんな人物で、こんな能力があり、私を雇うとこんなメリットがありますよ。」という内容を簡潔に見やすく英語でまとめ上げる。丸2日パソコンと睨めっこし、NZで一緒に住んでる家族の度重なる添削を受けてようやく僕のCVは完成された。
初めての面接のチャンスを思わぬ早さで僕は掴むことになる。前のカフェ特集でも取り挙げた素晴らしい店で、ここで働けたらなんと幸せだろうと考えていた。ちょうどバリスタを求人している最中ということでメールを送ってみると、すぐに返事が返ってきて、数日後の面接の約束をいとも簡単に取り付けたのだった。
しかし面接当日の朝、気分は大変重い。僕は完全に怖気づいていた。そもそも面接で上手く英語を話せるかも不安だったけど、そのつたない語学力で他のスタッフやお客さんとコミュニケーションをとれるのか。またバリスタとしての経験もまだまだヒヨっ子レベル。もし仮に働けるようになっても、心折れずにやっていく未来が想像出来ず、面接場所に着いた後、その時間まで何度も「俺なら出来る、なんとかなる。あかんかったらしょうがない、でも面接は全力で行く。」と何度も自分に暗示をかけていた。
面接官は40代くらいの女性で、会うなし笑顔で握手から始まったので緊張は幾ばくか和らいだ。事前に聞かれそうな質問を予測し回答を立て、何度もスムーズに話せるよう練習していたので、「喋り」に関しては殊の外上手くやれた。問題はその後。「じゃあコーヒー作ってみて。」という展開になる。お題はフラットホワイト2杯、カプチーノ1杯。まずはどのカップで、そしてエスプレッソはシングルかダブルショットかを確認していざ作り始めが、結果僕の作ったコーヒーはひどいものだった。その瞬間、面接官は僕に一切の興味を失くしたようで「ハイ、お疲れ様。」という感じで出口に案内され、僕の初挑戦は幕を閉じた。初めて触るマシンに全く対応出来ず、圧倒的にバリスタとして経験不足だということを痛感。これが熟練したバリスタなら初めてのマシンでも対応する術を持っているはずだ。僕はカフェでコーヒーを淹れていた経験はあるものの、ほとんどがペーパードリップで業務用のエスプレッソマシンに触る機会は極端に少なかった。自主的に勉強したりワークショップに通っていたとはいえ、バリスタと名乗るには到底及ばないレベルだったのだ。結果は残念だったけど、持てる力を出せたことは評価出来る。まだまだカフェは「ごまん」とあるのだから今回は練習だったと思えばいい。
僕に足らないもの、英語力、そしてバリスタスキル。英語力はすぐに補えるものではないが、コーヒーに関しては、この2、3年ずっと感心を向けてきた気概はあり、少しトレーニングを積めば店で働くだけのレベルには到達出来る気がしていた。チャーチでバリスタトレーニングを出来る場所を探してみたが、どこも目が飛び出るほどのお値段。すると見かねた家の奥さんが、お友達のバリスタさんを僕に紹介して下さり、そのバリスタさんのご自宅で1時間ほどご教授を受けたのだが、「それだけ出来たら雇ってもらえるよ。」と太鼓判をいただいただけでなく、NZのコーヒーの特徴、働く上でこのような状況の時はどうするかなど、たくさんの疑問もすっきりし、僕の中に大きな自信が芽生えたのだった。さらに「今私が働いているカフェが新店舗出すから、紹介してあげようか?」とのお誘いには心惹かれたが、自分の力で仕事を見つけてみたかったので「機会があれば」とだけ伝えさせてもらった。
ワーホリでどのように仕事を見つけるのか?色々方法はあると思うが、僕の試した方法は2つ。一つはNZの情報サイト「Trade Me」や「Seek」にたくさんの雇用情報が載せられているので、そこから自分に合うものを見つけてオンラインで面接の応募をするという方法。もう一つは履歴書をたくさんコピーしたものをカバンに入れ、手当たり次第雇って欲しい所に配りまわることだ。NZのカフェは総じてクオリティの高い店が多いけど、どうせならその中でも特にコーヒーにこだわっているカフェで働きたく、そういう店を中心に、パソコンを使い、またはその店まで足を運んで履歴書を配りまわった。今住んでいる場所は街から離れているので、履歴書を5枚配るのに1日60km自転車をこぐという日も何回かあった。しかし配れど配れど一向に返事すら返ってこない。旅もしていなければ、仕事もしてないという状況に我ながら痛々しさを感じ始めていた。
こうなったらコネでも何でも使うしかない。僕は先日知り合ったバリスタさんにカフェの見学を申し入れ、その話を聞いたらしいオーナーさんが僕に興味を示したそうで、是非面接をやりたいとのこと。しかしまたも面接前に僕の心はさざ波だっていた。NZに来るころには自転車旅を終え、バリスタ修行を積んで日本に帰る心づもりでいたのだが、ここに来てパタゴニアを旅したいという消えかけていた野望が目を覚ましたのだ。パタゴニアに行くとなると長く働いて半年。そんな短い期間で雇ってくれる所などあるものか?海外で働くことは今後おそらくこれが最後になるだろう、だけど30歳になる前に地球の果てを旅する機会もまたこれが最後であろう。自転車旅か、コーヒーか。頭の中はグルグルと揺さぶられ、そのまま面接の朝を迎えてしまった。
とはいえ、今回は紹介だし十中八九雇ってもらえるだろうと考えていた。しかしいざオーナーの方とお話をしてみると「実は新しいバリスタを雇うことになってね、もし新店舗が忙しければトライアルで君を誘うかもしれないけど、現状ポジションは空いて無いの。」というものだった。しかしそれが実際、本当か嘘か分からない。混乱を引きづって面接に来た僕の顔には、おそらく表情に出ていただろうし、英語でのやり取りもまるで上手くいかず「コイツはちょっとな・・・」と思ったオーナーが言葉を濁したのではないか。兎に角面接はこの度も失敗に終わった。前の面接終了時は希望があったが、この時はひどく落ち込みエイボン川のほとりでカモメの群れを見ながら今後どうするかしばらく思いを巡らせた。一度決めたことを覆すのは格好悪いけど、パタゴニアにはやはりどうしても行きたい。そのためにはNZでお金を稼ぐ必要があり、どうせ働くならカフェがいい。しかし就活を始めて3週間近く経とうとしている中でのこの不甲斐なさ。もう職種を選んでいる場合では無いのでは・・?
さらに追い打ちをかける事実が。帰宅後、僕は久々銀行の残高がどれだけ残っているのか確認して、その額に一人悲鳴を上げた。もはや南米を旅して帰国する資金がこの時点でまるで残っていなかった。ドイツからNZまでの渡航費、NZに着いてから生活費や就職の準備に使った費用、カフェ代、マシン代。この1カ月で僕はおそろしい額を気付かぬうちに使っていたようなのだ。金なし、仕事なし、語学力もスキルもなし。どうなる僕のNZライフ。