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Lovelyに囲まれてーお仕事1月目ー


この旅ではいつだって思いつきで目的地を決めてきた。しかし異国の地で働いてみようとは我ながら思いつきにも程があるが、それが今本当に現実になろうとしている。

かくして僕のニュージーランドでのちょっとしたバリスタ修行は始まった。就職の決まった店は家から約10km、自転車で片道30分の程よい距離。カフェが多く集まる中心街からは離れているが、自転車道がしっかり整備されていて、信号も少なく、通勤のストレスは少ない。道の両脇には木々が生い茂り、晴れた日は遠くに雪山を望むことが出来る。最初の1週目こそは朝10時の午後3時終わりといった社長出勤をさせていただいてたのですが、翌週からは朝7時スタートとなり、起床は朝5時過ぎ、冬真っただ中のこの時、真っ暗闇で凍てつく寒さの中を毎日ペダルを踏んだ。

出勤初日、僕はトライアルの時のように、出来たコーヒー・料理をお客さんの元へ運んだり、テーブルの片付け、皿洗いを担当した。コーヒーは基本的にマネージャーが淹れているのだが、マネージャーが休憩に行ってる間は僕と同じような立ち回りのスタッフがそのポジションに入っていた。最初からバリスタとして働けるとは思っていない。しかしいつになるか分からないが、この「隙間バリスタ」のポジションを狙えるかもしれない。そう思っていたら出勤2日目、突然マネージャーから、 「ヘイ、ユースケ!今からコーヒー淹れてもらうから!」 と声がかかり、ドリンクの作り方をある程度教わった次の瞬間には、マシンを使って僕はお客さんにコーヒーを作っていた。1日の仕事の中でバリスタとして働けるのはわずかな時間だが、やはりコーヒーを淹れてる瞬間が一番楽しい。

ドリップコーヒーと違って、エスプレッソマシンでのコーヒーメイクは1杯にかける時間が短くて済む。しかしラッシュ時、20杯にも及ぶオーダーレシートがズラッと並ぶと、さすがに頭がコンフューズするのでマネージャーに変わってもらう。なぜならミルクだけで普通のものに加え低脂肪(Trim)・豆乳(Soy)、と3種類。エスプレッソにスチーミングミルクを注ぐFlat White,Latte,Cappuccinoも全て異なる量のフロス(泡)を作る技術が必要。さらにはhave hereなのかTake Awayなのか。ミルクはExtra Hotで。CappuccinoにはCinnamonかけてね。Decafeで淹れてね。エスプレッソはSingleでよろしくね。と言った細かい指令を正確にかつ素早く片付けていくには、オーダーレシートを将棋のように3手4手先まで読んで瞬時に頭の中で効率の良い順番を組み上げる必要がある。しかしこういった複雑なオペーレーションにも日を追うごとに少しずつ改善・適応の手応えを感じられ、この2年ほどずっとコーヒーのことばかり考えていた甲斐があったというもの。僕を早速バリスタとして使ってくれたのは、面接時に作ったコーヒーの印象が良かったのもあるが、何と言ってもこの店に就職出来た幸運によるもの。普通入って2日目の新人に花形のポジションなんて譲らないと思う。マネージャーからは「ユースケ、いいコーヒー淹れるね!」と言われるし、お客さんからも「Great Coffee,Cheers Man!」と言ってくれた時には本当に喜びを感じる。

仕事は全て丁寧に教えてくれるわけではない。というか自分から聞かないと一向に分からないことが多い。出来ることは何でもやりたかったし、無責任な仕事はしたくなかったので、不明瞭なことは通じるまで何度も何度も聞いて、メモして家に帰って復習して頭と体に叩きこませた。コーヒー作りだけでなく、すでに出来上がっているキャビネットフードをお客さんに出す仕事がこれまたややこしい。ケーキも合わせるとおよそ30~40種類あるフードは、それぞれ対応する複数のソース・ドレッシング、また温める時間なども全て異なるので覚えるまでは苦労したが、これも数をこなしているうちに自然と身に着いてきた。

言葉の壁については海外で働く上で一番の懸念材料であった。僕はいまだもって自分の英語はダメダメだと思っている。分かりやすく数字で言うと、例えばTOEICテストでおそらく今も500点さえとれないと思う。この数字はローカルジョブを目指す上では厳しい数字ではないか(TOEICのスコアが良いから会話が出来るとは限りませんが)。しかし案外、言葉が原因で苦労することは少ないから自分でも驚いている。事実、面接時にボスから「もうちょっと英語勉強した方がいいわね。」と言われてるし、僕の英語がヘタクソなのは周りのスタッフからも「お墨付き」をもらっているのだが、一応仕事に必要なギリギリのラインの会話力は持ち合わせているようで、上からの指令はほぼ理解出来ているし、こちらからも分からないことは躊躇なく質問するし、またお客さんから時々ちょっとした要望が来ることにも概ね対応出来ている。唯一英語が原因で出来ないことはレジでのオーダー取り。この仕事に関しては始めから僕にやらせないつもりであったみたいだし、出来れば僕も一番やりたくないポジションであった。しかしレジの出来ないバリスタなんておかしなもんだと思ったので、横から何度も覗いては、チャンスを伺ってはレジに入って、ドキドキしながらチャレンジした。最初はサッパリだったが、メニューやキー配列を覚えるうちにだんだんと出来るようになってくると、嫌な仕事も少し楽しく思えるようなってきたのだが、どうしても僕がやると5回に1回は「スンマセン、わかんないです。」と先輩を呼ぶものだから、そのうちレジ業務に関しては「禁止令」が出されるようになった。。あと僕以外は全員流暢な英語を話すので、ネイティブ同士が話している会話に耳を傾けても全く僕の英語力では理解が出来ない。というか一緒に住んでるKIWIの家族の話すことだって理解できないことが度々ある。これから半年NZにいるわけだけど、少しは改善出来るだろうか。

最後にお金のことについて。NZは物価が高い分、給料も比例しているようで、最低賃金で日本と比べると1.3~1.5倍ほどの違いがある(2015年8月当時の為替レートによる)。幸運なことに、僕の店では就労スタートから法律で決められた最低自給の+2$の額で計算していただいている。ワーホリビザの労働者に対してこの待遇は珍しいそうだ。1日平均8時間、およそ週5日、さらにレートの良い自給により、日本でもっと長い時間働いていた時とそれほど給料が変わらない。しかも僕が使うお金といえば、家賃と食費+コーヒー代くらいのものなので、これは本当に貯金が夢ではないようだ。求職中に銀行の残高を見て、どん底に落ちた時からいよいよはい上がる時がやってきたというわけだ。

(↑家族の娘ちゃんの誕生日会が家で開かれ、10数人の女の子が集まって賑やかな様子はさながら原色のお花畑を見ているようであった。)

というわけで、自分でも驚くほどスムーズに仕事が出来ている。もちろん英語で苦労することは0ではないし、細かいミスをやらかして注意されたり悔しいことは多々あるが、このくらいは日本で仕事をしていたって同じこと。もちろん1日1日少しでも成長出来るように、復習や努力は欠かしていない。言葉の問題を認識していながら雇ってくれたこと、バリスタの仕事を与えてもらえること、自転車で通勤可能な距離であること、素晴らしい労働条件で働かせてもらっていること、これらは本当にありえないくらい恵まれていて、感謝しかない。さあ、これから半年、どれだけ成長出来るだろうか?

コーヒーをサーブする際、お客さんがニコッと笑って「Lovely,Thanks.」と言う。「Love」という言葉が日常の中で自然に出てくるその佇まいに感動しながら今日も僕はコーヒーをサーブする。


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