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風は薫っているか?


暦の上では夏に向かってるはずなのに、気温の上がり方はどうにも順調でないクライストチャーチであったが、スカっと晴れた日は日中気持ちよく半袖で過ごすことが出来る。桜はとうに終わり、木々は青々と風と空に伸びている。さて休みだ、走りに行くぞと。今回は市街地から南のムラムラ山(本名:ポートヒル)をいつもと違う西側のルートから越えて、入り江沿いを走行し、以前Akaroaへ向けたツーリングでも立ち寄っているDiamond Harbourをゴールと定めた。30km弱のイージーライド。お弁当と水筒持ったらいざ出発。

まずはDyers Passという峠の頂上を目指していく。いきなり始まった激坂に抗う気はまるで無し、真面目にペダルを踏んでる他のサイクリストを他所に自転車を押して亀のように進みゆく。フと後ろを振り返ると、もうこんなに上がったのか、眼下にチャーチの街並みが小さく見える。住宅街を抜け、山肌に沿った緩やかなスロープを軽いギアでこぎ進める。やがて道を覆っていた木々も無くなり、視界は大きく広がった。それはまるでクライストチャーチの屋根の上を歩いている気分で。

ムラムラ山にはいくつものトレッキングルートが整備されている。その一部と思しき小道を峠の頂上の脇に見つけたので、自転車を置いて駆けあがってみると、やがて現れた景色に言葉を失った。 「Oh my goodness.」

複雑な地形の入り江に沈む神秘的なブルーの水面、山の緑の中を縫うように走る峠のグネグネ道、そして僕の周りを囲む黄色い花々は何とも言えぬ甘い芳香を漂わせていた。 「ここを本日の昼食場所とする!」 なぜかツーリングの時はいつも決まって炒飯弁当(おかず作らんでええし)、そして水筒にはこの前マーケット(朝市)で仕入れたオーガニックのアールグレイ。NZに来て、未だクライストチャーチ及び周辺のカンタベリー地方の一角だけの行動範囲しかないけど、僕しか知らない景色が自分の胸に収まればそれでいい。これを幸せと言わず何という?目の前にある景色に僕は手を合わせた。 「有難い。」

その場所にたどり着いた時点で今日のハイライトを迎えたことは知っていた。峠を下ると後は流すように自転車を走らせていく。かといってちょくちょくと顔を出す景色、何度も立ち止まりカメラを向けた。

日が地平線へと傾いてきた頃、ようやく本日の終点であるDiamond Harbourへたどり着いた。チャーチへ帰るべく、僕は岸で渡し船を待っていた。そこにはシンプルな木造の桟橋があるだけで、地元の少年が二人、海へ飛び込んで遊んでいた。オレンジ色に輝く海には何度も少年たちによる水しぶきが飛び散り、それはなんともフォトジェニックな光景で、僕はこっそり彼らの後ろ姿を撮るか、声をかけて撮ろうか悩んでいるうちに船が来てしまった。やれ、と腰を上げて船への階段を下ろうとした刹那、少年たちは突然僕に 「See you!」 と手を振って来たのだ。なんだ、とてもイイ子達だ。やっぱり声かけて撮らしてもらったら良かったな。船が桟橋を離れた後も彼らは僕に手を振り、僕も返した。どうか、擦れずにそのまま素敵な大人になって欲しい。うなりを上げるエンジンと、くだける波の音に包まれ、岸へ着くまでデッキの上で暮れ行く空を眺めていた、温かな満足感を胸に感じて。

今日の旅を振り返れば「香りの旅」でもあった。それは新緑の香りであったり、名も知らぬ黄色い花の甘い香り、水筒のアールグレイの湯気から、干潟で浴びる潮風から。

「風薫る」

それは僕の知る美しき日本の言葉。遠くはなれたニュージーランドだが、風は確かに薫っていた。


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