俺にもSUMMERがやって来た【後編】
翌朝、やはり体は重く、目覚めから起き上がるのに1時間を要す。ツーリスト達とおしゃべりしながら昨日のチップスの残りとドリップして淹れたコーヒーで朝食を済ませると、出発前にもう一度アカロアの町を散歩してみることにした。ツーリストが歩くような場所のみであったが、その規模は小さく簡単に見て回ることが出来る。海のほとりに立てば、それは穏やかな空気が流れている。もっと時間があるならば、この静けさの中に身をゆだねていたいものだが、帰りのバスも予約していなければ、僕は何をどうやっても今から80km自転車をこいでチャーチに帰らなければならないのである。
というわけでようやくツーリングは始まった。本来なら朝8時くらいの出発の予定が、実際は10時を過ぎていた。早くも怪しい匂いがしている。走り出してすぐ、細かいアップダウンが連続。やはり明らかに昨日のトレッキング疲れが足に残っているよう。この後、大きな峠があり、それ以降平坦とは言え40kmもあるけど大丈夫だろうか・・。
とはいえ、走りだすとそんなことも忘れるくらいペダルを回すのが楽しくて。アカロアを離れた後もしばらく海と出会ったり離れたり。やがて道は峠に入ったようだが、運よく風が後押ししてくれ、思いのほか簡単に峠の頂上を見ることとなった。
峠の頂上付近には「峠の茶屋」と言わんばかりのカフェが1軒。まずは一つの難関をクリアしたご褒美だ。ラテに、ケーキと軽い食事を付けて、ちょっぴり贅沢なランチと洒落こんでみる。何が贅沢と言えば、このテラスからの絶景であろう。実はこの場所、行きのバスで乗客たちのために停車していた。確かにその時も美しいとは感じたものの、どこか白けていた気はする。今見ている風景は昨日のものと全く何も変わらないのだけど、感動は10も20倍も大きい。連れて来られて「ハイ、どうぞ。」の旅はまだまだ僕には必要ない。景勝地をたくさん回る必要もない。数は少ないかもしれない、もしかしたら一つだけかもしれない。でもその目的地に着くまでのプロセスが、掻いた汗が、痛めた筋肉が、やっとたどり着いたその場所への感動を何倍にもして盛り上げてくれる。またそういう旅は道中の何気ない発見に満ちていて、それはどの本やウェブサイトにも書いていない、自分だけが発見出来る愉しみがあり、だから自転車の旅は面白いのである。
しかしいくらなんでもゆっくりしすぎだ。峠を下りた先のリトルリバーではアート鑑賞に加え、カフェで今日2回目の珈琲を飲んでいやがる。これからの道のりは一般道で帰る方法ももちろんあるが、僕が選ぶのは「リトルリバー・トレイル」と言われる電車の廃線跡が今はオフロードの自転車道となっていて、その道はクライストチャーチのほぼ近くまで続いているという。時刻はすでに午後4時を指していたが、日は長いし、40kmあるとはいえ全て平坦だから問題なかろう。未舗装だがそれほど酷い道ではなく、ロードバイク程細いタイヤでなければ、僕のランドナーでも十分走行可能であった。ニュージーランドにはこういったオフロードのサイクル・トレイルが数多くあり、未舗装道が多かろう南米の旅に向けて良いエクササイズになりそうだ。
木々の木洩れ日が美しく、鼻歌交じりに気分良く走っていたのはほんの束の間。これまで西の方角に向けて走っていたのだが、道が北へ向いた瞬間、状況は一変した。先程まで僕の背中を押してくれていた追い風は強烈な横風に変貌し、走行は急遽困難を極めだす。僕の周りといえば、薄茶けた草原が遮られるこことなく続き、その中に点々といる羊たちが黙々と草を食んでいる、ニュージーランドの典型的な風景がただ広がっていた。こういうフラットな地形で、風が強くなることは経験上なんとなく分かる、分かるとはいえどうだ、この風の強さは。さっきから何度もなぎ倒されそうになっては足を地面に着け、それでも残された選択肢はもがきながらも前に進むしか無かった。
(残り10kmとなって、少し安堵のチップス休憩)
轟轟と吹く風の音、迫りくるタイムリミット(次の日は早朝から仕事だから早く帰って寝たいのだ)に怯えながら、修行僧の如くただ一心にペダルを踏むこと4時間。道の脇に現れた、クライストチャーチ内を走るバスの停留所を見つけて、緊張でこわばっていた僕の顔はようやくほぐれた。ここに5カ月ぶりとなるアカロアリベンジは無事幕を閉じたのである。
(どこの選挙ポスターか。)
仕事は基本週5日で、かといえ休日をフルに遊んで翌日に響かすことを恐れて、これまであまりどこにも行かなかった。しかし仕事にも慣れ、今回も翌日に疲れを引きずらなかったので、今後は2連休があれば1泊の旅行に行く機会が増えるかもしれない。前回星空を望めなかったテカポだって1泊あれば十分行けるわけだし。NZに残ることにして、スローなペースではあるけど僕なりに、もっとこの国を遊び尽くしてやろうと思う。3月半ばから4週間ホリデーをいただいている。さあ、そろそろ地図を開いてルートプランでも立てていこうかね。