峠の上の紳士協定 Biking in NZ 7
旅を始めて10日。日数も距離的にも折り返し地点を迎えている。ここからは最終目的地であるクイーンズタウンを目指していくこととなる、もちろん道中の出会いも楽しみながら。これから2編にあたり、ある旅人との出会いをヒューチャーしたい。その前に、まずはMt.Cookを出てからの話を少し。
Glenttenerのキャンプ場を発ち、Twizelの街に戻ってきた。以前ここの宿で残念な思いをしたので、今回はキャンプ場へ。値段は安くなかったが、敷地に入った時からのフィーリングは良い。ヨーロッパではキャラバンカーばかりが軒を連ねる「住宅場」のようなひどいキャンプ場をたくさん目にしてきたが、ここはキャラバンやバンガローの施設もありながら、お互いの距離感を保ちつつ、木々の植栽も助けて、非常に心地よい空間を作りだしていた。さらに、僕が着いた直後から、サイクリストがワラワラと集まりだし、テントブースは「自転車村」と化した。話を聞けばほとんどの人がクライストチャーチから旅を始め、目的地は僕と同じくクイーンズタウンを目指しているよう。これは何人かとはまた会いそうな予感。Twizel自体は特に観光すべき場所でもないのだけど、この辺りでは食料や多少の道具も揃い、旅の途中の羽休めに訪れる「旅人の交差点」として賑わっている。かといえ、人口は400人ほどの小さな町で、のんびりとした空気がなんとも心地よい。後にも先にも「この旅のどの街が良かったか?」と聞かれたら、5秒考えて、Twizelかなあと答えるだろう。知らない人を納得させるような魅力が特段あるわけでもないのだけど、僕が惚れ込むのはいつもこういったスモールサイズの街であるよう。
「Twizelにいくつかあるカフェでオススメは"Hydro Cafe"。失礼だが田舎とは思えないお洒落な内装と、チャーチに焙煎所をかまえる"Under Ground Coffee"の豆を使い、腕の良い男性のバリスタさんの淹れたモカは久々に美味しく感じた。」
翌日はTwizelからOmaramaへ30km南下するだけのイージーライド。泊まりはDOC(Department Of Conservation 自然保護の政府機関)の無料キャンプ場で、小さなぼっとん便所があるだけ。着いたころから雲行きは怪しかったけど、ついに凄い音の雷と共に滝のような雨が降ってきた!何もない原っぱで、テントの中にいるのは危ないだろうと、ぼっとん便所の中で避難していたのだが、その便所さえもオンボロ小屋で、ここに雷が落ちたらどうなるのだろう?と不安になり、恥を承知、キャンプ場に何台か泊まっている車の、その中でもひと際大きい中古のバスで旅していた夫婦の所に駆け寄り「ちょっと雷の間だけ避難させてもらえませんか?」と頼むと、一瞬キョトンとされたが次に「ああ、まあそこにでも座れよ。」と招き入れてくれ、次には「まあピザでも食えよ。」とピザを1枚いただいていた。話を聞いたらご夫婦もチャーチの近郊に住まれているようで、「私は雷よりも地震の方が怖いわ。」と奥さん。クライストチャーチは地震から5年経ち、人々の生活は水準を取り戻していると思うが、街の中心部ではまだたくさん更地や壊れかけの建物がそのまま存在し、地元の人と会話すると「Earthquake」という言葉はいまだ頻繁に耳にする。実は今年の2月始めあたり、けっこう揺れて怖い思いをしたのだけど、緑豊かで、優しき人々のいるこの街を僕は好きであり、チャーチの街に穏やかな空気が続くことを願ってやまない。雨はすぐに上がり、お礼を言って車を出た。予想していたが、やはり。大きな虹がかかっていた。
さて、本題。QueenstownやWanakaといったCentral Otago地方へ向かうにはLindis Passという峠を越えなければならない。事前情報で分かっていた標高差の割には、正直大したことはなく、坂で苦しんだのは最後の2kmくらい。峠の上に来るほど、乾いた茶色の山がどすどすと聳え、ちょっとしたスペクタクルな景観。
峠の頂上で一通り写真を撮った後、下りへ歩みだそうとした直後、道の側らにサイクリストを見つけたので声をかけた。ドイツ人のデニス君と少し立ち話した後、彼も同じ方角に向かうとのことなので、しばらく同行することに。
坂を下りながら、自転車に異変を感じ出す。どうにもクランクが上手く回らない。変則のディレイラーがおかしいのか?ついには完全に回らなくなったので、先を行くデニスを呼び止める。自転車をチェックすると、キャリアとフレームを繋ぐ「ダボ穴」が折れていて、それが後輪のスプロケットに引っかかっていたよう。この部分は以前も折れて、溶接工の知り合いに修理していてもらったけど、今回はその反対側が折れてしまったよう。応急処置としてビニタイで縛ってごまかすことに。原因は積み過ぎ・経年劣化・A2Oの「地獄山」の3つだろう。会ったばかりのデニス君の足を止めてしまって申し訳ない思いをしているとデニスは「いいよ、いいよ。今度は君が僕の前を走れば、トラブってもすぐ対応出来るし。」と紳士な対応。その後、僕の自転車に問題は無かったのだが、フと後ろを振り返ると今度はデニスの姿が無かった。しばらく経って彼が来ると「いやあ。走りながらスマホで動画撮ってたら、スマホ落としちゃって、テヘ。」だとさ。そんなオトボケコンビで走ることしばらく、やがて今夜の選択肢に僕たちは迫られた。一番近いキャンプ場まで10km、ただしそこまでオフロード・登り、得たい知れずな道。もう一つは国道をそのまま進み、Tarrasという村で野宿、キャンプ場はなし。僕は自転車の状況からしてもうオフロードは走りたくなかったのでTarrasでその辺でテント張ればいいんじゃないかと思っていたのだけど、デニス君はキャンプ場以外の場所でキャンプするのが嫌という、サイクリストとしては「ヘタレ」な発言。さらにこの後行くワナカではモーテルに泊まろうと思っているという。僕たちのような長期旅行者のうちでは、どれだけ頑張っただ節約したとかが、ヘンな話「経験値」のような扱いにされてる雰囲気は否定できない。だがそんな価値観なんてクソくらえである。本来どう旅しようが、どうお金を使おうがそれは人それぞれ。もちろん長期で旅行を続けるために節約無しは必然であるが。むしろ僕も同じくヘタレな部類なので、デニスの話を聞いて逆にホッとしたりする。
結局彼の気持ちを尊重してキャンプ場に向かうことにすると、彼の顔は幾分晴れやかに見えた。肝心のキャンプ場への道は思ったほど険しくなく、車も時々しか来ないので僕たちは併走してお互いのことを喋りあった。デニスは、ヨーロッパは走りつくしたけど、もっと遠くの場所を旅するには1カ月の休暇では足らないと考えた。そこで会社の上司に相談するなり言われたことは「旅に行ってもいいけど、帰ってお前の仕事があるかは知らんよ。」と言われたらしい。それでも彼は旅を選んだ。僕より7つ上の36歳。シンパシーを感じずにはいられない。見守るしか出来ないけど、僕は君のことを全力で応援したい!今は違う仕事だけど、昔はカメラマンのアシスタントをしていたらしく、写真の話でも盛り上がった。ヘタレ同士、いや、言い方が悪いな。僕たちは言わばジェントルマン。体育会系ではなくて、文系サイクリストとも言うべきか。文系同士、僕たちはなんか馬が合うようだ。
たどり着いたDOCのキャンプ場はまたもぼっとん便所しかないシンプルさだったが、キャンプってのは本来自然の中で飯を食べ、語らい、眠りにつくのを楽しむもの。だからこれでいいのだ。夜は星が綺麗で、29歳と36歳、キャッキャッ言いながらカメラで遊ぶ。「旅先で知り合ったサイクリストと道中共にする」この旅に期待していた目的を今日また一つこなし、充実感に浸りながら眠りについた。