旅はボーダーレス Biking in NZ 13
"Milford Sound"
NZを代表する名所の一つと言ってよいであろう。QueenstownはMilford Sound行きの拠点となっていることは、基本下調べの嫌いな僕でも知っていた。Miklford Soundでは遊覧船でクルーズするのが一般的。自転車旅で毎日節約生活をしていると、観光自体に高いお金を使うのが億劫に感じることがあり、「連れていかれる旅」にも面白味を感じなかったので、いくら世界遺産であろうが行くつもりは無かった。しかし出会うサイクリスト数人が「いや、行くべきでしょ。」と口を揃えて言うもので、同士達がそう言うならな・・と心変わりし始めたのである。残りの日程でMilfordまで自転車で行くのは難しく、結局Queenstownからの日帰りバスツアーに参加することに。ちなみにツアーのお値段は自転車旅5日分の生活費に相当する。
Oh my god together!
夜の明けきらぬ早朝、バスに乗車する。しとしと雨の滴がQueenstownの街を濡らしていた。Milford Soundに限っては、これは悲観するべきことではなく、むしろ雨が景観にプラスの要素をもたらしてくれるであろうと、饒舌なバスのドライバーが話してくれた。バスに乗ると早速出会いが。たまたま横に座ったのが日本人の女の子であった。彼女はオーストラリアでのワーホリを終え、日本に帰るまでにNZを旅しているとのこと。この旅で初めて会う日本人ということに加え、若い女子とはな。ブルースな一人の旅路にカラフルなポップソングが流れだしたようだ。
そんな浮かれた気分とは別に、窓の外は雲の陰影が印象的なモノクロームの雰囲気に包まれている。休憩で立ち寄ったLake Te Anuiは、この辺りでは少しだけ賑わいのある街だけど、湖畔に行けば張りつめたように静かで、時が止まっているような感覚を覚える。そこを発つことしばらく、湿度の高い濃緑の林が道を囲むようになり、幾度と現れるキャンプ場を示す?テントマークの看板。この辺りから、僕の心臓はトクトクと鼓動を速めていた。突然バスは停まり、僕たちは撮影の時間を与えられる。だだっ広い草原の先には切り立った山脈が聳え、雲の帯が忙しそうに山肌を駆けていた。さらに進むと、岩壁を露出させた雄々しい山が道の周りを囲みだし、その山肌からは幾筋の雨による滝が見てとれた。とうとう我慢の限界に達した僕は、こう呟いた。
「自転車こぎてえ。」
なんでバスなんかに乗ってるのん?この究極とも言える大自然の中で自転車をこいでないやと?ふざけてんの?ああ、こぎたい。自転車がたまらなくこぎたい!!
横にいる女子のことも忘れて、僕の頭は完全に自転車モードにスイッチが切り替わってしまった。改めて自転車でここを旅するためには、日程をどう変更すれば良いのか、すでに予約してある家までのバスをキャンセルするのか、出勤日までに間に合うのか、頭をフル回転させて模索を試みた。もう何というか、どうしようもない阿保なんやと思います。バスの天井が天窓になっていて、いくら景色が見やすいようになっていようと、運ちゃんが気を効かせて、撮影のために停まってくれようと、そこには越えられない壁<ボーダー>がある。その壁を取っ払ってくれるのが僕にとっては自転車旅なのだ。歩くより速く、バイクよりは遅く、風を心地よく感じられるスピードで、その土地の空気・匂いを感じ、世界とダイレクトに繋がることが出来る<ボーダーレス>それこそが、僕が自転車旅を愛してやまない魅力であると感じている。残念ながらバス旅にはそんなフリーダムが欠けている。とはいえ、自転車で海を越えることは出来ないし、陸でも自転車を載せて交通機関を利用することは自分でも構わない。要はその時、自分がそれで良いと思うかどうかなのだが、この時に限って言えば、今いる状況を激しく後悔し、自転車旅で無い以上、この日帰りツアーのなにもかもが意味を成していないようにも思えていた。
やがてバスはMilford Soundの観光拠点である船着き場へと到着し、そのまま我々はクルーズの大型船へと乗り換える。ツアーには船内でのビュッフェスタイルによる昼食が含まれており、久々に豪華な飯が食えると出発前は喜んでいたのだけど、飯なんてどっちでもいい。1秒でもこの景色を見ないで、何をしに来たのだ?と、皿に盛った料理を押し込むように胃の中に流し込み、足早にデッキへと向かったのであった、ああもったいない。
(この気合の入っていない写真の撮り方で気持ちの冷め具合が伝わるかしら。)
Milford Soundはフィヨルドである。大昔、氷河の進退により、幾重に連なる入り江が形成され、切り立った山々は海に落ち込み、1年の3分の2は雨が降り、岩壁からは行く筋もの滝が発生し、総じて迫力ある景色を目の当たりにする。またその多雨多湿な気候・地形の影響で様々な海洋生物・動物が生息し、アザラシやイルカを中心に希少種のペンギンも稀に見られるとのこと。
断崖絶壁の巨大な山々が辺りをゆっくり動いてくのを見ながら、どうにも僕は現実感が無かった。やはりまだあの道を自転車で旅出来なかったことが心残りのようである。やがて船はいくつかあるうちの、一つの滝にゆっくりと近づいていた。アナウンスによると、可能な限りその滝に近づくとのことである。「へえ、そうなの。」と、温度の低い頭で考えていたのだが、いつの間にか滝の轟音が目の前まで迫っていた。え?どこまで行くの?お、おおお!!!
気が付いた時には滝の物凄い水しぶきが水圧を伴い体中に降りかかっていた。上はレインジャケットを着ていたけど、下のジーンズは無論ズブ濡れである。最悪、と思ったと同時に僕は、
「あ、ちょっと楽しかったかも。」
とも。船は入り江の連続する地帯を抜け、やがてタスマン海の大海原が見えた所でUターン。どうやらもう一度、滝に向かって船はトライするとのことである。よっしゃ行ったらんかい、全身で受け止めたる。やがて船は再び轟音唸る水の帯へと向かう。猛烈な水圧の水しぶきが降りかかる。その時間はまるで頭が真っ白になっているようで、僕はただ一人でワハハと笑いながら、大自然のシャワーを楽しんでいた。レインジャケットを着ても中はグショ濡れ、気温は普通に寒いのに。しかも「防滴」を謳う我が相棒のカメラE-5もまさかの故障疑惑(奇跡的に10分後復活しました)。そんな状況でさえ、僕の心は靄が取れたように晴れ間を取り戻し始めていた。滝の洗礼だけでなく、友達とこの壮大な景色を共有出来たことも要因であると思う。うん、楽しかったなMilford Sound。さっきまで、どうやってここに自転車で来るかばかり考えていたけど、無理しなくても、これで胸が収まる気がしてきたのだった。
(Milford Sound Tripの様子をビデオにまとめました。滝の水しぶきの迫力が伝われかと思います。)
結局、この旅で再びこの地に戻ってくることは無かった。いつかまた、自転車であの道を旅出来ることを心の奥底にしまい、疲れ果てた僕たちを載せた静寂のバスは、Queenstownに向けてゆっくりと走り出していた。
次回、3週間の旅の最終回です。