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彩りの街で会いましょう


車から降りてきたそのアジア人は笑みを浮かべて僕に歩み寄ってきた。コヤツ、何物?

2連休の前日の夜。友達と近くの丘にトレッキングに行こうという約束をドタキャンされ、ポッカリ開いた予定をどう埋め合わせようか思案していると、家主のKIWIが一言。 「Hanmar Springsなんてどう?」 温泉のある街としての認識はあった。ただし日本の温泉街のような独特の雰囲気では当然ない。普通の街にスーパー銭湯的な施設が1軒ある感じだろう。温泉水を使っているし、こっちではそれだけで珍しいので当然観光の目玉になっている。別に僕はミーハーな旅をしたいわけではなくて・・と思いつつも調べてみると、どうやら近くに「サイクルトレイル」が存在するようだ。温泉以外に自転車の愉しみがあるなら行ってみようかな?前日にも関わらずバスと宿の確保も出来、とんとん拍子で旅の準備は整った。

Christchurchからバスに揺られて2時間。着く直前からその片鱗は見せていたが、降り立った瞬間に街を取り巻く木々の紅葉が僕の心までもをすっかり茜色に染め上げた。初日は街の周りで自転車散策を楽しんでみることにする。森の中で自転車を走らせることが出来るよう。そこに足を踏み入れた瞬間に、またやられてしまった。魔法にかけられたような、もはや言葉では説明のつかないような美しい晩秋の色とりどりのシンフォニー。何度ため息と感嘆の声を漏らしただろう。ニュージーランドの紅葉がこんなに美しいなんて。日本には美しい風景と文化がたくさんあるけれど、こんな発見があるからこそ、世界は旅するに値すると改めて思うのだ。

(上:ビール1本で酔える幸せな人。  その上:遠征先でも節約はかかせません、1日目の朝食は家で、昼食は作ってきた弁当で、夕飯は宿で自炊、2日目朝昼は  家から持参の食材でサンドイッチ。写ってないけどコーヒー道具も持ってきてます。てかラーメン違う味を混ぜるなよ。  そのまた上:一応温泉にも入りました。日本じゃないので水着で入ります。久々の湯船だったので気持ち良かったけど、温泉はやっぱり日本やね。)

翌日。街の北側の坂道を駆けあがっていくとそこからはずっと山が広く続いている。その坂を上った先に"St.James"と呼ばれるサイクルトレイルがあるらしい。しかしこのトレイルは前回走ったAlps 2 Oceanより難易度は高く、MTBでないと攻略は難しいし、街から攻めるには途中でキャンプでもしないと1日では回り切れない距離。そこで気軽に楽しめるコースとして、トレイルの手前まで坂を登り、ループするように別の道でまた街まで戻ってくるというもの。話によると98%がオフロードのようだ。

宿で作ったサンドイッチとコーヒーの水筒をカバンに入れて、いざ出発・・とペダルを踏み出した直後、車から一人のアジア人が僕を呼び止め、やがて降りてきたと思うと親しげに話かけてきた。

"Where are you from?"

お互い日本人であることが分かり、立ち話が始まる。どうやら彼もNZでワーホリをしていて、かつ世界を自転車で旅行している最中とのこと。1年近くNZにいて、自転車に乗ってる日本人を見たのが初めてらしく彼はとても興奮していた。また僕の乗っている年季の入ったランドナーも気になったらしい。ここを離れたらChristchurchまで来るとのことなので、連絡先を交換することに。彼の名刺を受け取り、名前を見た瞬間に僕はギョッとした。

僕「あれ、俺らって過去に会ってない?」 奴「あ、ああ!もしかしてニャンチュウ!?」

なんと、7年前に自転車で日本一周した時に、北海道で仲良くなった同志だった。あれからお互い連絡は一切取っておらず、どこで何をしてるのか分からないまま、この今、日本から遠く離れた島国の温泉の街でバッタリ会い、しかもお互いまだ自転車で旅を続けているという。変態同士の引力半端ない・・。 奴の名は高詩という。ちなみにニャンチュウとは北海道を旅してる時に名乗っていた僕のキャンパーネームだ。一緒の農場で働き、現在一緒に旅してるらしい中国人の女の子もキョトンとさせたまま、しばらく僕たちは思い出話に花を咲かせた。

お互いの再会を誓い、彼らと別れる。この旅の本題であるサイクリングへ。山へ向かう道に入るといきなり舗装は無くなった、勾配も鋭い。もはやランドナーでは太刀打ち出来ないので諦めて押して地道に登っていく。少し登っただけで、もう下の街が、農場があんなに小さく。スカッと冴える青空の下、山肌は紅葉のモザイクカラーに覆われ、立ち止まって眺める度に清々しい気持ちになる。

登りは終わったようだ。ここからは谷間の川沿いを東へ。緑は減り、荒涼な景色が広がっている。大きな地球の上にポツンと米粒のような僕を載せた自転車が走っているような気分。この壮大な光景を言葉で形容することは容易ではないが、ペダルを踏む度に心の鼓動が上がるような、地球を旅しているのが感じられる素晴らしい道。これが舗装されたオンロードならそこまで感じないのかもしれない。

浮かれ気分も街への下り道に入った途端消え去った。路面の荒さが自転車を通して体に伝わる振動が、下りに入った瞬間顕著になった。「ガタガタガタ」と小刻みだけど鋭い衝撃が体中に駆け巡る。視線は前輪の半径2mに集中し、バランスを失うと転んでしまいそう。おまけに道の傾斜がさらに増した際、ランドナーのカンチブレーキではいよいよ制御不能となり、手がはち切れんばかりにブレーキを握っても、ズズズッとタイヤが路面を滑り、止まらない。なんとかして最後まで転ばずには済んだが、もはや走りを楽しむ余裕は一切無かった。

この下りを経て感じたこと。NZ編の後は準備期間を挟んでいよいよ南米の旅に出かける。僕が旅する南米はそれこそ山・山の連続だろうし、幾多のオフロードを行くことだろう。僕は今乗っているランドナーが大好きである。しかし安全にかつ、走りを楽しみながら旅をするために、南米旅に関しては然るべき自転車を用意した方が良いのではないか?これまで10年間本当によく走ってくれた。無茶もたくさんさせてもついてきてくれた。オンロードならまだまだ乗ることは可能だろう、これからも長く付き合いたいから、一度ゆっくり休ませてあげても良いのかもしれない。長い間連れ添って来た相棒がいないのは寂しいけど、きっとお互いにとって良いことと思う。

という訳で今のところ本当に自転車を変えるかはまだ検討中。NZを出て日本に一度帰る際、どのような自転車で、ギア比で、など色々考えることはあるでしょう。長期旅行の話は抜きにして、やはりこういう未舗装の道はサスペンションのついたMTBの方が快適で楽しいに決まってる。NZには素晴らしいサイクルトレイルがたくさんあるようなので、これまでクラシックなデザインのランドナー以外の自転車に興味を持たなかった僕が、新たな世界への好奇心も抱かせてくれた今回のサイクリングでした。


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