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アナログに回帰せよ "Be back to the Analog."


あーあ、またやっぱり心にどんより曇り空。Cochraneコクランを出て100km地点の空き地で野宿をしながら僕はまたしても先の道に不安を感じていた。 Cochrane(コクラン)では先の道の下調べや買い出しをしたり、街に唯一の共有パソコンを使ってデータ整理や道具のメンテナンスをするだけで忙しかった。楽しみにしていたトレッキングは不安定な天気が理由で結局行かず「アウトドア・インドア」な2日間を過ごしていたのだが、町外れのキャンプ場はピッチのすぐ側を清流が流れ、毎夜天の川が宙に浮かび、焚火をしてビールを飲んでいると、これはこれでいいものだと一人で納得する。

そんな中、出発前日の夕刻に不運は起こる。キャンプ場で綺麗な夕暮れにカメラを向けてシャッターを切っていると「ガチッ」という聞きなれない音と共に、メインカメラのOMDは動作を止めた。シャッター幕がセンサー前で動かなくなった模様。壊れない程度に幕を指で触れたり、カメラを揺すったり、出来るところまで分解(真似しないで下さい)してみたが解決には至らなかった。こんな田舎で修理出来る店など存在しないだろう。写真を撮ることが旅の目的の大きな所を占める僕にとって、このメインカメラの故障というのはもちろんショックな事実であったが、数分後には「なに、旅もあと1カ月。まだサブカメラのTG4があるし、ここまでの旅で撮りたい絵は撮ってきたから大したことではない。」と自分でも意外な程に冷静な考えで事態を受け入れようとしていた。

(この数分後、OMDは沈黙を決め込む。原因は元々中古で買ったものだから、毎日カバンの中で振動を与えすぎてるから、星空やHDR撮影でシャッター回数が多すぎるからという理由が考えられる。帰国後、パソコン・カメラ・スマホの修理代を想像するだけでため息が出そう。)

お腹も減ったしとりあえず晩御飯にしようとガソリンストーブを取り出し着火・・しようとしたら、いつもは勢いよく霧状のガソリンが噴き出すのが、「プスッ、プスッ」と今にも息絶えそうな力無さ、なんとか火はつき調理は出来た。以前も同じ状況を経験しているのだが、要はガソリンの通り道にゴミが溜まり燃料がスムーズに噴出されない状態となっている。このままでは数回の使用後に完全に使い物にならなくなる。一番の解決方法はジェネレーターを交換することだが、この前スペアは変えたばかりで変えは持って無いし、日本でしか手に入らない部品だ。この時WIFIさえ無かったので、修理方法すら分からない。集落の少ないパタゴニアで自炊が出来ないのは死活問題だ。毎回焚火をする訳にいかないし、消火を見届ける意味でも焚火は基本夜にしかやらない。ああ、面倒くさい。。しかし旅を続けるためにはどうにか解決しないといけない。パソコン、スマートフォン、カメラに自炊のコンロ。終盤になって色々なものが壊れて地団駄でも踏みたくなるくらいふてくされていのだが、そんな時同じキャンプ場にいたチリ人の大家族に気に入られて、飯やら酒やら振舞っていただき、「もうどうにでもなるわな。」と半分意識の飛びそうな頭で明日に全てを投げ出すことにした。

(何も考えずボトルワインを買ったらコルク式だった。オープナーを持ってないかキャンプ場のチリ人家族に尋ねると、1人の威勢のいい兄ちゃんはなんと指でコルクをボトルにねじ込み落としたのだ。なんちゅう怪力だ。。そしてそのままチリファミリーと宴会に突入するのであった。)

問題解決が面倒くさくて昼前まで寝ていた。しかしこのままでは状況は一向に変わらないのでひとまず荷造りしてキャンプ場を飛び出した。昨日見た天気予報によれば、これから4日間は良い天気が続くようだ。雨の多いと言われているアウストラル街道だが運よくまだ走行中一度も降られたことは無かった。未舗装路で雨に打たれるなど御免こうむりたい、出発は早い方が良い。ガソリンストーブの修理はさておき、コクランで一番大きなスーパーでガス缶とゴトクを購入し、自分を追い立てるように町を飛び出した。10000円近い出費だった、良い判断だったのかは分からない。

ここからアウストラル街道の終点Villa O'higglns(ビジャ・オイギンス)までの220kmは食料の補給ポイントが無く(Tortel(トルテル)という集落に寄り道する方法もあるが、往復50kmの遠回りが必要)、一気にオイギンスまで目指すなら4日は見ておくべきだ。コクランを出発すると道はいつに無く荒い。大量の食料を積んだ自転車はずっしり重くて、ヒザにいつも以上の負担を感じる。それでもやはり景色は素晴らしい、南に行けば行くほど自然に凄みが増しているようにも見えるが、いかんせん前に進むことだけでも悪戦苦闘しており、増えない走行距離に焦りを覚え、この景色を思う存分楽しめず、なんとももったいない話だ。

(1枚目 英語で「コラゲーション」や「ウォッシュボード」と言われる洗濯板みたいな道がアウストラル街道にはやたら多い。これがガタガタと自転車にも人間にもこたえるのだ。。 一番下の写真 相変わらず道を走る車が砂埃をまくしたてるので「〇ァック!」という汚い言葉も出そうになるのだが、その砂埃のおかげで上のような美しい光景が生まれることもあり、しばし怒りを忘れたりするのだが、その直後にまた車が通って砂埃が僕に振りかかると僕の脳裏に再び汚い言葉が・・)

初日の後半から早くもヒザに違和感が。自転車旅ばかりしているのに、なぜ今でも弱弱しい足をしているのか情けなくなる。毎日こいでいるから痛むのか、年齢的に衰えているのか。とはいえ60を超える年齢のサイクリストも時々おられ、僕よりも元気よく自転車をこいでいるのを見ると年齢などは言い訳に出来ない。個体差もあるのだから他人と比べる必要も無いのだが、この時はひどく情けなく感じられた。

悪路でペースが上がらないのでオイギンス村までの到着が伸びると食料もギリギリだ。ヒザがこれ以上痛み出すと走ることさえままならない。気分と同調するように雲行きさえ怪しくなってきた、未舗装路で雨が降れば状況はますます悪くなる一方だ。2日目の野営地を囲む山の上は鉛色の雲に覆われていて、それは今の僕の頭の中を反映しているようでもあった。南米は僕のか細い心を幾度も折ってくれる。あーやだやだ。

それでも道は続く。


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