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祝福の雨が降る Rainy Cerebration


ゴチャゴチャ考えるのは止めて、運を天に任せてこのまま突き進んでみることにする、というか進む以外に選択肢が無い。

これからの20kmには大きな峠が一つ。さっそく始まった坂道はとんでもない急こう配で、合計40kgある自転車を押して登るのも大変で、数m押しては立ち止まって息を荒げ、というのを繰り返す。巨大な渓谷には低い雲が垂れこめ、小雨がパラパラ、大層雰囲気があるがお手柔らかに願いたいものだ。ここは地形上雨が振りやすいのだろう、道の周りにはジャングルの様に草木が生い茂り、川や滝が無数に流れてる。緑の薫りが非常に濃く、空気が美味しくて何度も深呼吸してみた。この緑の濃さと、測れない程の大きな自然、神々しいまでに研ぎ澄まされた空気。僕はまるで吉野の山奥を思い出していた。

(↑カバンも壊れた。これは複数回経験済みなので、スペアで持ってたナットとボトルで修理)

峠は登りきったかと思えば、その後何度かアップダウンを続け、思いの他時間を食ってしまった。峠を下りきってお昼ご飯にパスタを作った。食後のお茶を入れるため火をつけようとすると、ここまで騙し騙し使っていたガソリンストーブがついに音をあげた。原因は分かっていて、ガソリンの質が悪いので不純物がジェネレータに詰まり、燃料が噴出されないのだ。ここまで良く頑張ってくれたものだ。ひとまず緊急用に買っておいたガスストーブがあるので問題は無いかったが、この新規購入には1万円近い出費。日本ではもっと安く買えるけど。僻地のパタゴニアで物が手に入っただけでも感謝するべきか。

Puerto Yungayに到着する。Puertoはスペイン語で「港」という意味なんだけど、ここは海の港では無く、湖の港。ここでバッサリ道は途切れ、細長い形状の湖をチリ政府管理の無料フェリーで渡る。先程の峠で体力を消耗したため、船の中ではグッタリとシートで横になった。見ればその他大勢の車の人達も皆テーブルに顔を沈めている。何やねん、アンタらアクセルとブレーキ踏んでるだけやろ。砂埃浴びせまくりやがってこの野郎。。と言いたいところだが、あのガタガタ道のドライブも案外体力使うのかもしれない。道端でパンクして往生してる車も何回か見てきたし、アウストラル街道はドライバーにとっても伊達じゃないのかもしれない。

船は1時間もしないうちに対岸へ。さて、ここからは地獄か天国か。。結果から言えば決して天国では無いけど少なくとも地獄では無かった。コクランからユンガイまで道は一貫して酷い悪路だったのに、未舗装路に変わりはないけど向こう岸に入ってから道は驚くほどスムーズなのだ。車の数は圧倒的に減り、気が付けばあの憎き巨大バエ・タバーノ達もいないではないか(タバーノのピークは12月1月で、この時2月の始めにはいつの間にか姿を見なくなっていた)

そんな訳でこの道は急遽「俺たちサイクリストの道」と化した。ユンガイの船着場では売店で食料や揚げパンが買えるという嬉しいサプライズがあり食料問題は解決し(※)、膝の調子も悪くないし、今朝のどんよりと下曇り空はどこへやら、いつの間にか雲一つない青空が広がっている。なんだか走者一掃逆転ホームランの気分。 嬉しいことに追い風も背中に感じちゃったりして、ペダルを踏みながらなんだかウキウキしてきた。船着き場を出発してから僕は30km走り、一つ峠も越えて、アウストラル街道の旅でこれが最後となるだろう野宿で眠りに就いた。

※(他のサイクリスト曰く、いつも開いてる訳では無いようなので、ここに頼らないだけの食料は持っていた方が無難。)

翌朝、ソローっとテントのジッパーを開けると今のところ良好な空模様。このまま残りの70km今日中に走り切ろうじゃないか。残り2つの峠もさほど苦労無しに越えると、開けた道の向こうに大きく広がる山は澄んだ水色の氷河を有している。道の脇に美しい滝を見つけてそこでお昼ご飯。後からサイクリストが一人、二人と集まってしばし会話を楽しむ。おそらく60を越えたご夫婦の奥さんが言った。

「今日はなんて美しい日かしら。私の中でこのルートがアウストラル街道のベストね。」

それを聞いて思わずハッとした。僕だって景色を楽しみながら走っているけれど、いつもメーターの走行距離を気にしてはどこか気急わしくしていた。もちろんこの人も悪路にハンドルを取られたり、砂埃や虫にやられているはずだ。しかしそんなことは気にならないよと言わんばかりに、心からこの道を楽しんでいるようだった。

確かに今日は美しい日だ。なんかスコーンと頭の詰まり物が抜けた気がした。それにしても若い僕ですらハードと感じる自転車旅を、お年を召されても楽しそうに、時に僕よりもタフに旅される方々を世界で幾度も見てきた。自転車趣味は出来ればずっと続けていたいとは思うけど、その歳になった時、同じことが出来るか想像はつかない。改めて彼らのバイタリティに驚くばかりなのである。

途中立ち止まって景色を眺めた。平原の向こうに山並みが聳え、午後の光が一体を穏やかに照らしていた。それはスペクタクルな光景では無かったが、何だか心に染み入った。美しかったけど大変だった道、大変だったけど確かに美しかった道。記憶とは都合の良いもので、今は美しい瞬間ばかりが思い出されるよう。有難う、アウストラル街道。僕はその景色を前にそっと手を合わせた。

とうとう最後の最後5kmで雨に降られたんだけど、きっとこれは祝福の雨に違いない。

僕はアウストラル街道の終点、Villa O'higginsに到着した。


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