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アクロバティックな国境越え Acrobatic Border Crossing


アウストラル街道終点のオイギンス村で道はばったり途切れる。

ここからパタゴニアの南下を進めるには村の南に位置する湖を船で渡り、その先の山道・そしてアルゼンチンとの国境をも越えるというハイカーと自転車乗りにだけ許された魅惑のルートである。

村から7km走ると簡素な小屋がポツンと立つ小さな港、そこにワラワラと次々サイクリスト達が集まりその数8人。あと数名のハイカーが乗り込んでいざ出航。現在大きな船が故障中とのことで、小さい漁船に人がギュウギュウに乗り込み、波で船は揺れるわ、足元は冷えるわ快適には程遠く、隣にいた女性は船酔いになったようで甲板でグッタリしている。

3時間近くという結構長い船旅にもかかわらずトイレさえない。それを予測して乗船前に港近くの森の中で済ましておいたのだが(港にもトイレ無し、職員の人に「森でやれ。」と言われた、ちなみに大きい方も出した、もう分解されてるから大丈夫。)船の中が冷えるので尿意が早まってしまった。甲板で船酔いに苦しむ女性には申し訳なかったが、目の前で用を足すわけにも行かず船室に戻っていただき、僕は甲板のさらに一段高い所に立ち、片手で船の一部を掴んで体を支え、一方の片手で自分の「それ」を持ち、湖に向けて照準を合わせる・・のだが緊張してなかなか出てこない。船は時速で言うと60km/h は軽く出ていたし、揺れ方が一歩間違えればこの冷たい湖に放り出される可能性さえある。間違いなく人生で一番危険なトイレ体験だった。無事だったから言えるが、きっと面白い絵だったと思うので誰かに写真でも撮っていて欲しかった。

過酷な船旅も終わり岸に降りると、今度は空気がヒンヤリ冷たい。船は単なる前菜に過ぎず、メインディッシュはここから始まるのだけど岸からすぐの坂道は険しく、自転車を押すハメになり早くも戦々恐々といったところだ。

岸から1kmでチリ側の国境施設にたどり着き、まずここでチリの出国手続きを済ませる(なんとこの出国手続きを忘れてそのままスルーする人が時々いらっしゃるのだとか。出戻りにならないよう、忘れずに訪れましょう)。ではこの先はすぐアルゼンチンかと言うと、国境は10km先でさらに国境"施設"はさらに6km先にある。この二国の国境施設はだいたいいつも距離がやたらと長い。仲が悪いのだろうか?

さて、手続きを終えて出発かと思えば、僕たちサイクリスト組は戦(いくさ)前の腹ごしらえ。国境施設の前に横並びになって皆めいめいにサンドイッチなど作って食べてる姿は長閑でなんだか可笑しな光景だ。この日のメンバーは友達のロシア人カップルのガイラとアンドリュー。NZカップル、熟年AUSカップル、そしてそれぞれソロのコロンビア人と僕日本人。「過酷で美しい国境越え」と言われるこのルート、お手並み拝見といきましょか。

いざ始まると、傾斜がきつくてまあ登れない。荷物が重いので押すのも一苦労。NZカップルは必要最低限のライトパッキング使用なのでペダルを踏んで登っていた、僕も次はあれで行こう。。意外と早いのがAUSのベテランカップルでおそらく彼らがこの日のゴール地点に一番早くたどり着いたと思われる。歳は一回りも彼らの方が上なのに、なんだこの力差は、そしてなんだ僕の非力さは。コロンビア人のホセが最後尾、続いて僕、そしてロシアンガールのガイラが出遅れた。この日は鉛色の空気が垂れ込め、魔物でも潜んでいそうなおどろおどろしい雰囲気さえ感じられる。雨は時折パラつき、これ以上降れば悲惨というものだ。険しい登りの区間は一旦落ち着き、しばらくは森の中の道を快走。おや?これはもしかしたら前評判ほど過酷では無いのでは?とこの時は思っていた。

(3枚目 ブルーベリーのような実を付けた「Karafate(カラファテ)」というこの辺りのシンボル的植物。実は種だらけだけど、食べられます。ほんのり甘く、ジャムなどにも加工されるよう。 4枚目 カラファテの実をむさぼり食う図)

程なくしてアルゼンチンとの国境サインが現れる。ここからがこの道の本領発揮だった。ここまでのチリ側では、車が1台通れるくらいの道幅があったものの、アルゼンチン側に入った瞬間、人1人分の幅に大幅縮小。自転車に下げてるサイドバッグが横の低木をガリガリとかすめ「環境破壊御免!」と思いながらも外すわけにもいかずそのまま強行突破。この頃から足元は木の根が張り巡らされた段差が増え、泥のぬかるみや1m幅の小川等が現れるのだが、これはまだ序の口に過ぎなかった。

沼地で色々グチョグチョになった後、橋の無いどうやっても足を濡らさずには越えれない幅の川が現れた。とはいえ靴を濡らしたくなかったので、向こう岸に投げ捨て、サンダルに履き替え、カバンも外して足がキンキンに冷えるのを我慢しながら川を越える、靴下と靴を履きなおしてまた進む。この「川越え奉行」は計3回あり、その度に同じことを繰り返す。最初はガイラとアンドリューとの協力プレイで進んでいたけど、途中で完全に置いていかれてしまった。というのも、自転車を制御するために細かにブレーキをかけるのだけど、タイヤが泥でグチョグチョだから、摩擦でブレーキシューがいつもの何倍ものスピードで擦り減っていくのだ、こういう道こそディスクブレーキが圧倒的に強い。思えばこの日のメンバーでリムブレーキだったのは僕だけであった。シューを交換するのは面倒だったので、ワイヤーを調節しながらやりくりしていたのだが、そうこうしてる合間に2人の姿を見失ってしまい、あげく最後尾のホセにも抜かれてしまった。

道はさらに細まり、凹型の道ではサイドバッグが邪魔で、いよいよバッグを運んで進む→戻って自転車を運ぶという分割作業が必要となって来た。ただ前評判ほどの「過酷さ」は僕にはあまり感じられなかった。過酷というよりは「もういいよ」というウンザリ感はあったけど。

川越奉行では生足にフロントギアをぶつけて流血したり、荷物運びで同じ道を往復したりアルゼンチンの国境施設に着いた時には満身創痍だったが、心地よい充実感も感じられた。それに苔むす麗しい森の道は美しく、その情景の中で淹れたコーヒーの味は格別なものだった。まあ、もう一度同じことやりたいとは思わんけどね!

(今日という日は、サンティアゴからずっと大事に持っていたサッポロ一番解禁じゃい!)

国境施設横の芝生広場はキャンプ場として開放されている。先に着いていたサイクリストやハイカー達にハイタッチで出迎えられ、長い長い1日は終わった。


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