その朝を僕は忘れない・前篇 "Fitz Roy Trekking 1"
エル・チャルテンでのトレッキング三昧の日々。
トレッキングというのは頂上を目指さない山歩き。頂上に行くことなく、コースも景色の良い場所を中心に設定されているので比較的気軽に山歩きを楽しむことが出来る。山登りには興味があるものの、一人行動が多いゆえ、あまりに本格的な登山となると道に迷ったりアクシデントに遭った時のことを考えると、一歩足が出ない。トレッキングにおいてもレベルは様々で片道1時間のお散歩程度のコースがあれば、キャンプ道具担いでの数日かけて山で過ごす上級者向けまで様々だが、僕はいつも日帰りのルートで満足している。これまで世界ではアルプスやニュージーランドでトレッキングを嗜んできたが、どれも数時間歩くだけで迫力に飛んだ素晴らしい風景が見ることが出来た。今回フィッツ・ロイを巡るトレッキングでは1泊コースにチャレンジする。テント・マット・寝袋・自炊道具・食料・水・その他持ち物、と絞りに絞った必要最小限だけの道具だけで僕の40Lのバックパックはパンツクパンになり、試しに背負うとズシリと重い。普段の自転車旅ではこれの3倍はあろうかという荷物を一つも背負わずして旅が出来るのは、自転車の凄まじき積載能力のお陰であり、荷物に加え人間まで載せてガタガタ道を文句一つ言わず旅に着いてきてくれてる我が相棒・モーちゃん*に改めて愛を再確認するのであった。
*今更の紹介ですが、自転車に名前付けてます。由来はフレームがモミジ色だから。人前でない場所で名前を呼んでフレームを手でさすってやります、もはや長年連れ添った古女房ですね。
(1枚目 エル・チャルテンの街を丘から望む。表通りは観光客向けの店ばかりで個性は無い。写真に写っているのはは地元住民達のエリア。 2枚目 パタゴニアのカフェのコーヒーは正直あまりおいしくない。それでもやっぱり時々はカフェに入りたくなるんだけど、その度にガッカリしている自分がいる。コーヒー豆もロー・クオリティなものばかりだし、豆自体を探すのさえ難しくて発狂寸前。 3枚目 それもそのはず、パタゴニアはコーヒーよりマテ茶文化。スーパーではコーヒーコーナーは極小で端に追いやられ、並んでいるのはマテ・マテ・マテ・・・。そりゃあコーヒー文化が育たないわけだ。地元民でも無いのにブウ垂れるのは筋近いであることは承知しているが。 4枚目 トレッキングに向けていそいそサンドイッチ作り 5枚目、コジャイケで仲良くなったUSAサイクリストのジェイクと偶然再会、真ん中の可愛い姉ちゃんはポルトガル出身。)
フィッツロイ・トレッキングの素晴らしい点は入場料がかからないこと、山への入り口にはエル・チャルテンの町から歩いてすぐアクセス出来るのも嬉しい。後に出てくるパイネ国立公園は入場料だけでも躊躇するお値段、この話はまたいつか。 この日はたった4時間歩いてPoincenotというキャンプ場を目指すだけ。朝ゆっくり準備して出発はお昼12時。少し登っただけで、渓谷とミルキーブルーの入り組んだ川が迫力に満ちて広がっている。序盤にしてすでにこのスペクタクル、もっと進めば一体どうなってしまうのか、期待は膨らむばかり。
しばらくブッシュの間を歩くと、ついにその光景は現れた。森の切れ間を見上げると、目の前には憧れのフィッツ・ロイが威風堂々と佇んでいる。この迫力はもはや言葉では説明し難い。ただあんぐりと口を開けて立ち尽くすしかない力強さ、佇まい。その後も色々な角度とシチュエーションで不動のフィッツ・ロイを眺める度に僕は立ち止まり、溜め息をついた。ちなみに Mt.Fitz Roy は「煙吐く山」という意味で、その形状から山の頂点は雲に隠れてしまうことが多く、数日滞在しても一度もフィッツ・ロイの全貌を拝むことが出来なかったという話もよく聞く中、この時も、国境越えの時からずっとピークがクリアに見えていたのだ。あの雨が多いと言われるアウストラル街道でさえほぼ一度も雨に降られてないので、よほど僕は天気運が良いのだと思う。
Poincenotのキャンプ場は美しい森の中のピッチにすでにたくさんのテントが並び賑わいと彩りに溢れていた。ここも無料で予約や受付さえ必要としないのだから懐が深い。マナーが悪ければこの一帯も禁止事項が増えたり、有料・入場制限!といったことも起きうるので、マナー良く使っていきたい所だ。ガイラとアンドリューもこのキャンプ場に来ていたので夜はお茶を飲みながら話し込んで早々とテントで眠りに就いた。
(キャンプ場の側を流れる川はこの驚くべき透明度!)
翌朝6時前起床。今回わざわざ1泊トレッキングにしたのは、これからフィッツ・ロイを染める朝焼けを見るため。テントから外に出ると辺りはまだ真っ暗闇。しかし宙には星が確認出来ず、不安が募る。雲に覆われていたなら当然朝焼けどころではないからだ。それでも僅かな望みをかけ、ヘッドライトで足元を照らし、僕は片道1時間の険しい道を歩き出した。やがてたどり着いた Laguna Los Tres 、神秘的なブルーの湖の前にはさらに凄みを増したフィッツ・ロイがすぐ目の前の距離。しかし待てども待てども東の雲は晴れること無く、空は白み出しても朝日が現れることは無く、同じく朝焼けを楽しみにしていた周りのハイカー同然、肩を落としてキャンプ場まで道を後にした。
(これだけでも感動に値する景色のはずなのだが・・。)
昨日は雲一つ無い青空の中でフィッツ・ロイを見れただけで素晴らしい事実であるのに、今朝のショックは昨日の感動までも曇らせるように、僕は沈んだ気持ちでエル・チャルテンの町まで下山した。まだこの町には数日いるので、きっとチャンスは巡ってくるはずだ。後編に続く。